chapter. 9−2
「私に思い当たる人物がいる。グラエキアにおいて名高い知将がいると。あそこは人材の宝庫だからね、フリギアとの戦争次第だが…」
「あぁ…なるほど。今、パールスがフリギアに侵攻する準備をしていると情報が入ってる。近いうちにフリギアは滅ぶだろう。そうなれば、グラエキアは戦争状態を終える。そこがねらい目かな」
「そうなのか。さすが陛下だな、そんなことまで情報を仕入れているとは」
「ロビンが優秀なんだよ。モレーもな。やっぱ商人ネットワークの中心をロタリンギアに組み込んでよかった。金さえあれば常備軍もできるしな」
「君はどこまでも先を見ているな」
「……そうだな」
そりゃ未来から来ているのだから当然だ、と内心で思いつつ、あいまいに返す。
そもそも現代のような常備軍というものができたのは、18世紀末にナポレオンがそれを組織したのが近代としては初の事例である。
フランス革命が自分の国に及ぶのを恐れたオーストリアやプロイセンといった列強がフランスに侵攻した際、フランス国民が自ら義勇兵となって戦った。このときの戦場歌が現フランス国歌のラ・マルセイエーズである。
革命政権は何度も入れ替わり、次第にフランス国内が内戦にも近い状態にまで混乱を極めていく中で台頭したのがナポレオンであり、ナポレオンは義勇兵の延長として徴兵制を実施、軍を大規模化して常備軍を生み出した。
常備軍そのものは古代、あるいは中世にも欧州には存在していたが、それが恒久的に維持されることはなく、戦争そのものが長いスパンをかけて行われることもあって、その期間中だけ維持される専門職集団のようなものだった。ほとんどは傭兵に近い、あるいは完全な傭兵であり、国家の軍としての性質とは異なっていた。
常備軍が難しいのは、戦時以外にも訓練を積ませておく必要があるということで、戦時下でしかその効力が形にならないにも関わらず莫大な出費が発生するため、費用対効果の観点から維持できなかったからである。
ナポレオンが実現できたのは、フランスが海外植民地から莫大な金を巻き上げていたからであり、かつ国家体制の近代化によって税金の使い道を効率化していたからだ。
他に重要な例としてはオランダ独立戦争期のオラニエ公マウリッツがおり、マウリッツは東インド会社からの莫大な利益をもって常備軍を雇用し精緻な訓練を施したことで「軍隊王」と呼ばれたほどだ。
「陛下の助言通り、戦闘行動を完全に秩序立てて再構築し、その順序すべてに掛け声や特定の動作を入れることで工程を細分化している。戦いが誰にでもできるものになり、かつ一体感が醸成され軍としてもまとまりを得ている。これはとても合理的だが、だからこそ、将が重要だ」
ラウルはこのマウリッツの方法をコンスタンティノスに伝え、ロタリンギア軍でも行わせている。戦闘行動の工程を細分化してプログラムとして、機械的に兵士を動かすことでマニュアル化、誰にでも戦える方法として一般化しているのだ。その際、ひとつひとつの作業で掛け声などを入れさせることで、進捗ミスやずれを最小化しつつ、一体感を持たせることで軍への帰属意識を高めることができる。
これを17世紀に確立したのだ、マウリッツという人物がどれほど優れた人物だったかが分かる。
ロタリンギアは莫大な税収や農業収益によって国庫が潤沢であるため、常備軍の雇用は容易だ。軍隊王マウリッツの方法も採用することで効率化は図っているが、コンスタンティノスの指摘通り、だからこそトップが肝要である。
「…そうだな。様子見て、ちょっと人材探しを進めてみる。負担かけて悪い」
「なに、これも私の本分だとも。東ラバルム帝国の皇帝とは、こういうものさ」
そうは言ってくれているが、やはりコンスタンティノスにばかり負担をかけるわけにはいかない。円卓の騎士も候補にはあるが、まずはコンスタンティノスが教えてくれたグラエキアの優秀な人材というのをあたってみることにした。