chapter. 9−3
6月後半、ラウルの読み通り、パールス帝国はフリギア王国に侵攻、これを僅か1週間で滅亡させた。
東ラバルム帝国時代に高度な街道が整備されていたがために、すでにパールス帝国が占領している地域からフリギアに入るのは容易く、すぐに首都ゴルディオンは陥落。それでも、グラエキアとの戦争が始まった町であるトロイア市まで遷都して戦い続けたが、ミクラガルズに近いトロイアは瞬く間に攻め落とされ、灰燼と化すことになった。
こうして、アエゲス海から先の大陸部はすべてパールス帝国の支配下に置かれることになり、グラエキアは戦勝というわけでもなく、非常になし崩し的な形でフリギアとの6年間にわたる戦争を終結させた。
ラウルはいつも通り、レッツェ城の執務室で双子からその報告を受ける。
カストロは淡々とグラエキア戦争の終結を報告しているが、眉間に皺が寄っているし、ポルクスも視線が下がっている。当然だ、この戦争によって彼らは国を追われ、両親を処刑されている。複雑な心境だろう。
「…報告ありがとう。それで、かねてから考えていたことがあるんだけど」
「なんだ」
カストロは表情を緩めてきょとんとする。彼が予想していたラウルの反応とは少し異なっていたからだろう。特に気を遣うでもなく話を変えたため、やや驚いているようだ。実際には、話題は変わっていない。
「知っての通り、目下ロタリンギア軍は改革中だ。下ロタリンギア公国の主力部隊はコンスタンティノスが見てくれてるし、上ロタリンギア公国の部隊はモレーが見てくれてるけど、さすがに無理がある。だから、専門の人材を招聘したいと考えてるんだ」
「では、ブリタニアにでも打診するか?騎士の一人は貸してくれよう」
「それもあり得るけど、今回は別。ちょうど戦争が終わった…グラエキアからだ」
そのラウルの言葉で、今度こそカストロとポルクスは息を飲んだ。この地域にグラエキア人はほとんどいないし、レッツェには二人だけ。同郷の人間とは、ロタリンギアにおいて会ったことがないだろう。
グラエキア人は故郷の民であるのと同時に、王族を追放して処刑した者たちでもある。二人にとって複雑な相手だ。
「コンスタンティノスから、グラエキアには有名な知将や学者がいると聞いた。可能であればロタリンギアに呼びたい。心あたりはあるか?」
「あ、あぁ…知将というのであれば、恐らくフリギアとの戦争を優位に進めたオデュッセウスがそうだろう。ほかに、俺も幼いころ学びを教わったグラエキア最大の知の巨匠、ケイローン先生なら噂をミクラガルズまで轟かせたはずだ」
「なるほどな。じゃあさ…俺が直接、グラエキアにその二人を探しに行くと言ったら、お前らはどうする?ついてくるか?それとも留守を預かってくれるか?」
まどろっこしいことはせず、単刀直入に尋ねる。もう一度グラエキアの地に足を踏み入れるか否か。
二人は目を見張って考える。
「どちらにせよ、身を隠して行動するからロビンは連れていくつもりだ。二人が難しいようなら、ガウェインかランスロットを借りていく。無理にとは言わない、俺はお前たちに、心で決めて欲しい」
たとえ双子が断っても戦力的に問題ないことを伝えたうえで、あとは二人の感情次第だと告げる。その一点だけで考えて欲しかった。
しかし、カストロは少ししてすぐに答えを出す。
「当然、同行する。土地勘のある者が必要だろうし、何より、俺は常にお前を守るために存在するのだ。本土の大部分は戦場になっていないとはいえ、戦後直後の国に行くお前を放っておくことなどありえん」
「…私もです、ラウル様。確かに心は穏やかではないでしょう、曇りなき旅になるとは言いません。ですがそれ以前に私も兄様も、ラウル様をお守りすると誓った身。あなたに危害を加えようとする輩は、出自も地位も関係なく、我が剣の錆となるでしょう」
二人はなんであれ、ラウルを守るという至上命題がある限り答えは変わらないと述べた。
絶対に裏切らない味方が欲しい、という理由で二人を保護したラウルだったが、こうしてそれを固く守ってくれる二人に毎度救われている。