chapter. 9−4
翌7月、すでに夏としてはかなり暑い日々が続く中で、ロタリンギアよりずっと暑いグラエキアに向かうことにした。あまり気は進まなかったが、今月の末には新ラバルム帝国との同盟を発表することになっているため、早く済ませたかったのだ。
カストロとポルクスに加え、ロビンも伴ってラウルは転移を行い、初めて訪れる地であるグラエキアのテッサリア地方に到着した。
時刻は日の沈んだ夜、誰にも姿を見られないために宵闇に紛れている。
元いた世界におけるヴォロス市北部、ピリオ山の山麓にあたる場所である。
乾いた土地に低木があちこちに生えている土地であり、月明りでかろうじて周りが見えるような状態だ。4人とも旅人に扮しており、ローブを纏って顔を含む全身を隠している。
「予定通り、イオルコスの北に到着した。変わったことはないか?」
「いや、特におかしなことはない」
ヴォロスの古代都市名であるイオルコス市は、エグナティア連合共和国の盟主であるテッサリア共和国の第二の都市であり、肥沃な穀倉地帯が唯一海に面する重要な都市だ。何度も海上からフリギアからの攻撃を受けており、丘から見下ろす市街地は荒れているものの、夜でも活気がある。
「じゃ、早速宿でもとってきますかね」
特におかしいところもないということで、ロビンは早速、魔法を使ってグラエキア人に変装する。一瞬でグラエキア人の男になった手腕はさすがだ。
「下手な宿を取るなよ」
「その通りです。この街で最も豪華な宿を取るように」
「へいへい」
双子に相次いで言われて肩をすくめつつ、ロビンはひょいっと隠れていた低木を出て街道に向かっていく。それを見送ってから、ラウルは背後にそびえる山を見上げる。
「…これがペリオン山か。本格的な登山になるな」
「まさか歩くつもりか?」
「…さすがに会ったことない人間のところに転移はできないぞ」
基本的にラウルの転移魔法は、「知っているもの・ところ」が条件になる。とはいえ、未来から来たラウルは原則として知らない場所などない。俯瞰的に正確な世界地図を見ているからだ。
一方で、たとえば「見たことないもの」を手元に持ってくることはできないし、「知らない人のところ」に行くこともできない。
今回で言えば、ケイローンを知らないため、この山の中をランダムに転移するしかないということになる。
「案ずるな、俺はこの山で先生に会っている。昼になったら大まかな場所を示すから、そこから歩くことになるだろう」
「そうか、カストロはこの山まで来てたのか。なら話は早いな」
「懐かしいですね。兄様が教養のためとイオルコスに赴き、パランティロンに帰ってきたときにはすっかり大きくなっていて、驚いたものです」
「…先生の教育は…すごかったからな……」
どこか遠い目をして言ったカストロに、ポルクスはくすくすと笑う。きちんと懐かしんで笑える思い出があるのなら、それだけでよかったと思ってしまう。
この6年で、グラエキアには変わったところも変わっていないところもあるだろう。せめて悪い変化は少なくあって欲しいと個人的には願わずにいられない。
しばらくしてロビンが戻ってきて、宿の場所を教えてもらってから、ラウルたちは宿の近くに転移する。
市内の路地裏に着地すると、ロビンに連れられて豪華な宿に入る。本当に市内で最高級の宿の最高級の部屋をとったらしい。当然、路銀は豊富だ。ロタリンギアの通貨はグラエキアの主要都市であれば使えることは知っていたため、そのまま国庫から持ってきたが、このくらいの宿に泊まるどころか貸切ることも可能だろう。