chapter. 2−2


カストロとポルクスの二人を宮廷に迎え入れたのは、ロタリンギア王国の唯一の王子であるラウル・ラティウム=トレヴェリスその人であり、たまたまロンバルディア訪問中に海岸で二人を見つけたのだという。
身に着けていた衣服と飾りからグラエキアの総督階級だと判断し、二人がアルカディア王家の出であることを明かしたことで保護を決定した。

当然、周囲の大人たちは諫めていたが、有無を言わせずにラウルは決断を通していた。


ミスル((エジプト))が文明の父ならグラエキアは母だ。そのグラエキアの王家の子女を保護しないとは、貴殿らの教養とはその程度のものか」


そのラウルの言葉を前に誰も逆らうことなどできなかった。貴族や高級官僚にとって、自身の野蛮さを示すことになるような言動はできるわけがない。反論できない言葉を端的に繰り出したこの少年がたった一歳年上だとは、とても信じられなかった。

そうして招かれたメティス((メス))の宮廷は豪華絢爛で、まさに西ラバルム帝国の中心として栄華を極めていただけあった。
質素な暮らしだった二人とは次元の違う豊かさだ。

久方ぶりの食事、安全な後宮、暖かい湯浴み。しかし二人の心が晴れるわけがなかった。
カストロとポルクスは、一通り手当なども受けたところで、ラウルの居室を訪れた。
侍従は渋っていたが、ラウルが通した形である。

巨大な部屋にぽつんとたった一人、窓際に立っていた少年と三人だけになる。


「…グラエキアはどうなっている」

「兄様っ、そのような口調では…!」


自己紹介以外で初めて口を開いたカストロに、ポルクスは顔を青ざめさせる。ラウルも確かに王子だが、すでに廃位されたグラエキアの王子と、形骸化したとはいえウェスティアの宗主国の王子では格が違う。
それでも、グラエキアの誇りを忘れるわけにはいかなかった。古代文明を受け継ぐ者として、後発の国家の王家と対等でなければならない。自分がへりくだることは、グラエキアを乏しめる行為だと思ってしまうのだ。

しかし、ラウルはまったく気にしていなかった。表情を変えることもなく、二人に手招きする。
恐る恐る、警戒しながら二人は近づく。なぜなら王侯貴族は魔法が使える。いつでも攻撃できるかもしれなかったからだ。

だがラウルは特に何をするでもなく、壁にかけられた大きな地図を示した。


「これが最新の国境線だ」

「…グラエキアは、今、独立しているのか」

「あぁ。エグナティア連合共和国という名前になっていて、アルカディア共和国、テッサリア共和国、西トラキア=マケドノイ共和国の3つから構成される連合共和制だ」

「…、元王族は…」


そう尋ねて初めて、ラウルは表情を曇らせた。言いづらそうにしてから、視線を逸らす。


「…3つの共和国とも、すべて元王族は処刑されたと聞いている。今、すでにグラエキアは対岸のフリギアと戦争状態にある。フリギアと繋がってるかもしれないって理由で、次々に支配階級が処刑されてるって話だ」

「そう、か…」


自分たちの両親や親交のあった人々がどうなっているのか想像がつき、二人とも目線を落とす。絨毯の繊細な模様が、蠟燭の明かりに照らされていた。


「…気の済むまで、この宮殿で過ごすといい。必要なものがあったら言ってくれ。教育係もつける」

「なぜそこまでする?旧ラバルム皇帝家であれば、独立した俺たちは敵だろう」

「兄様、ですからそのような…!」


口調にしてもその言葉そのものにしても、あまりにも刺々しいとポルクスは焦っている。一方、ラウルはちらりとポルクスを見てから苦笑した。
初めて、この少年が笑うところを見たと気づく。


「気にするな、公式の場じゃなきゃなんでもいい。ポルクスも好きに喋ってくれていい」

「そんな、」

「カストロ、ポルクス。俺はこの宮廷で、味方が欲しいんだ。絶対的な味方。決して裏切らない相手が」


すると、ラウルはそんなことを言った。冷徹そうな少年であるラウルからそんな言葉が出てくると思わず、二人はポカンとしてしまう。


「俺は否応なしにロタリンギアを継承する。そのときに、俺は、この国を大きく変えるつもりだ。それは多くの敵を作ることになる。だから、味方になってくれ。それが見返りだ」


ラウルの味方になるならば、教育も食事もあらゆるものが整えられるという。
それは二人にとって破格の待遇だ。信じていいのだろうか、とカストロは怪しむ気持ちもあったが、今はラウル以外に頼れる人物がいない。
何よりも、最も愛するポルクスが無事に生きて行けるようにするには、ロタリンギア王子の庇護は極めて有効だ。

カストロはそんな打算で頷いた。


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