chapter. 9−8


「…先生。可能であれば、あなたにロタリンギアに来ていただきたい。ロタリンギア王…ラウルには、少しでも多くの助けが必要です。あなたなら百人力です」

「ほう。あなたがそう思う理由はなんですか?」


興味深そうにするケイローンに、カストロは軽くたじろぎつつ、声には強い意志を乗せて答える。


「俺たちを保護し、必要なものすべてを与えたラウルが俺たちに求めた見返りは、宮廷において絶対的な味方になること、ただそれだけでした。まだ王子だったラウルはすでに、いつかロタリンギアを舞台に戦争が起こりかねないことを理解し、それによって多くの人命と生活が失われ、子供が生きていけなくなることを危惧していた。だからこそ、レッツェ勅令という国内に多くの敵を作る政策を決意し、そのために、味方を必要としました」

「そしてその味方にあなたたちやそこの緑の方、東ラバルム帝国の皇帝なども加わっているのでしょう」

「ええ、ですが足りません」


カストロはいったん口を閉じると、手元のハーブティーを見つめる。そして、ゆっくりと微笑んだ。


「…ラウルは、俺とポルクスを叙任するとき、『ディオスクロイ』という名を与えてくれました」

「……それは、」

「はい。グラエキアの誇りを忘れまいと敬意を示さなかった俺を受け入れ、グラエキアの誇りを抱いて生きていくことを願った両親の想いをくみ取り、俺たちがいつまでもグラエキアの民であることを忘れないでいられるよう…グラエキアの名をくれた。ラウルにとって俺たちは、神が遣わしたような存在だったと言ってくれた。だから、足りません。この恩に報いるには、そして何よりも大切なラウルを守り、彼の守ろうとする国を守り抜くには、俺たちだけでは、足りない」


隣でそう語ったカストロに、ラウルはつい、こみ上げるものを堪えるために拳を握る。
メティスの宮廷で1年にわたりラウルを警戒し続けた少年が、ラウルとラウルの想いを守るために、こうして語ってくれている。

ケイローンはカストロの言葉を噛みしめるように頷いてから、ふっと微笑んだ。


「…そこまで言われてしまっては、断るわけにはいきませんね。我らグラエキアに、最大の敬意を払ってくれているあなたに、私も報いたい」


すっとこちらに視線を合わせてそう言ったケイローンに、礼を言おうとした、そのときだった。


「…おい、それは困る!」


扉をバンと開き中に押し入ってきたのは、長い前髪を額でクロスさせた声の低い男。布でマスクをしており、目しか見えないが、かなりマッドな色をしている。


「この地で最大のパトロンたるケイローンを連れていかれるのは大いに困るな。誰だか知らないがやめてもらおう」

「こらアスクレピオス、この方はロタリンギア王ですよ」


ケイローンはたしなめるが、アスクレピオスと呼ばれた男は聞いている様子がない。カストロは瞬間湯沸かし器もかくやというほどにキレたが、困ると言われてはラウルも話を聞かないわけにはいかない。


「押しかけているのはこちらだ、礼儀は不要だ。アスクレピオスといったな、具体的には何がどうして困るんだ?」

「僕の医療の研究はパトロンが不可欠だ。金がかかるからな。医学の道を究め、人類の医学をそれこそ神の次元にまで高めるための至高の研究だ」

「……アスクレピオス、聞いたことがある。ケイローン先生の弟子のひとりだな」

「うん?ならお前はカストロか。アルカディアの元王族がなぜここにいる?まぁいい。それよりケイローンだ。僕はとうにケイローンをも超えた技術を獲得しているが、僕の目指すところにはまだ足りない」


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