chapter. 9−9


人の話を聞かないタイプの人間なのだろうが、ここまでくるといっそ清々しい。カストロすら突っ込めずにいる。ケイローンも頭を抱えていた。
しかし、ラウルとしては大した問題ではなかったことに安堵している。


「パトロンのもとで医学研究に勤しむ、それがアスクレピオスの目的であり、ケイローンがこの地を去ることの問題なんだな」

「その通りだロタリンギア王」

「なら、ロタリンギアのメティス大学で研究するってのはどうだ?財源は任せろ、メティス大学の教授や研究員に支払う給金はウェスティアの平均日当の100倍以上。必要なものはすべて王室が買いそろえる。一応、学生への指導や共同研究にも労力を割いてもらうが、お前のやりたい研究に必要なものは、この世に存在し値段がつけられる限りすべて王室の名にかけて揃えてやる」

「ケイローン、すぐに行くぞ。早くこんな辺境からロタリンギアに移住するんだ」


光の速さでアスクレピオスは手のひらを返した。突然現れ文句を言ったと思えば数十秒後にはケイローンを急かしている。
さすがのカストロも呆れが勝ったらしい、怒りを引っ込めていた。


「フッ、ウェスティアの宗主国ロタリンギアの王がパトロンになるとは降ってわいた幸運。感謝するぞケイローン」

「まぁ…あなたがいいなら良いです……」


ため息交じりのケイローンには同情するが、とりあえずこれで話はついた。
アスクレピオスという思わぬ人材も獲得できたため、あとは、と思っていると、ケイローンは思い出したようにラウルに先回りする。


「ああそうだ、恐らくこのあとオデュッセウスにも声をかけようとしているのでは?」

「え、ああ、そうだけど」

「残念ですが、オデュッセウスはアクティウムに向けて出立してしまったようです。フリギアとの戦争が終わったので、最愛の妻のところへ帰るべく、わき目も降らずに帰路についているとのこと。そして彼の妻はアクティウム周辺の島々の政務官の家ですので、夫婦そろってロタリンギアに移住、ということは不可能でしょう」

「そ、そうか…確かに、それは無理強いできないな」


アクティウムは元いた世界でプレヴェザにあたる街であり、グラエキアの西岸における大都市である。そこを離れるということは難しいだろう。


「いずれにせよ、外国人ばかりが将にいては士気にも関わります。目下、将の育成と高度な訓練の並列が肝要です」

「そうか、将の育成からやってもらえるのか…やっぱすげぇな…」

「いえ、そんな大層なものではありませんが…少なくとも、ウェスティア最強の軍を目指しましょう。やるからには徹底的に、ですよ」

「わ、分かった」


すっとカストロとアスクレピオスの目が逸らされる。なるほど、これがケイローンのすごいところであり恐れられるところでもあるわけだ。

こうして、ケイローンを招聘し、軍を率いる立場の人間の育成と実践的な訓練の体系化をやってもらうことになった。また、トレヴェリス大学に籍を置いてもらい、史学科の教授にもなってもらう。これはケイローンたっての希望であり、報酬として歴史研究をさせて欲しいというものだった。

また、ケイローンは魔法研究にも秀でている。そのため、レッツェ大学の魔法科にも時折来てもらうことにした。

アスクレピオスはメティス大学の医学科だ。


これですべての手を打った。あとは、タイミングを見て新ラバルム帝国との同盟を発表し、ガリアとゲルマニアの出方を窺うだけとなる。


111/174
prev next
back
表紙へ戻る