chapter. 9−11
ケイローンの返答に、ロビンもあっけらかんと付け足す。確かに、パランティロンのような地方都市レベルであれば、人々は暮らしのことばかりで支配階級への興味はほとんどないだろう。
フリギアとの開戦時のみ、瞬間的に共和制にしようと勢いづいて王族を処刑しただけで、それ以降はなんとも思っていないのだ。
たとえあのとき、カストロとポルクスがどんな思いだったとしても。
それは残酷なようだが、一方で、だからこそ支配階級は民衆を道具のように徴税するし、身分差別が厳然と存在する。人間として、基本的な価値や人権そのものに格差がある。
現代というのが、まだまだ欠陥だらけなのだとしても、やはり正しい方向に進んできたのだと思えてくる。
「…まぁ、そうだな。そういうもんか。ていうかロビン、お前はブルトンに里帰りしたいとかないのか?」
そこでラウルは、双子と同じくロビンも出身地であるブルトン公国に戻りたくないのか聞いてみた。答えはなんとなく分かっているが、なんであれ、長いこと過ごした場所にはそれだけで思い入れがあるものだ。
「俺ですか?ないっすよそんなん。ていうかね、」
しかしロビンは、ラウルの予想していた返答にさらに言葉を続ける。
「俺の帰る場所はあんたのいる場所だ。ブルトンでもメティスでもなく、レッツェじゃなくたっていい。あんたがいる場所が俺の故郷なんですよ」
「な…っ、」
これは、とんでもない口説き文句を聞いてしまったかもしれない。
さすがに顔に熱が集中すると、ロビンはニヤリとして顔を近づける。
「照れてます?」
「うるせー…」
「はは、昨日の仕返し成功ですねぇ」
宿でのことを根に持っていたようだ。しかも、今のは本心の言葉であることに変わりなく、余計にたちが悪い。
ケイローンは微笑ましそうにしており、アスクレピオスはまったく興味がないのか辺りの植生を観察している。
そんな会話をぽつぽつとするうち、30分ほどしてカストロとポルクスが戻ってきた。中に入ったときよりも幾分すっきりした表情だ。ちゃんと会えたらしい。
「…もういいのか」
「はい、ありがとうございました。ラウル様。両親やお世話になった方々に挨拶ができました」
はっきりと答えたポルクスに頷くと、突然、カストロがラウルのことを正面から抱きしめてきた。
横から抱き寄せられることはしょっちゅうあったが、正面から抱き込まれることは初めてで、いきなりのことに目を見張る。
「カストロ…?」
「…、」
言葉を発せないというより、なんと言えばいいのか分からないといったところか。多くの感情が奔流しているのだろう。
背中に手を回しつつ、ラウルは肩口に顎を乗せて、一言だけ発する。
「…おかえり」
「…ッ!」
先ほどのロビンの言葉を少し借りて、そう言ってみた。もうすでにカストロとポルクスの居場所はロタリンギアにある。それでも、故郷の地で、両親の墓を目の前にしたカストロの心は揺れているだろう。だからこそ、そう声をかけたのだ。
「……あぁ、ただいま、ラウル」
後頭部に手が添えられ、より深く抱きしめられる。低く押し殺すように、しかし柔らかく答えたカストロに頷く。
この一年で、また身長差も体格差も開いた。それでも、カストロはずっと変わらずに、グラエキアのことを、そしてラウルのことを、大切に思ってくれている。
「…帰ろうか」
「あぁ」
それだけ言って、カストロは少しだけ体を離す。あくまで少しだけ、ラウルは相変わらずカストロの腕の中にいるが、今日ばかりはロビンもそれに文句を言うこともなかった。
無骨なレッツェ城であっても、もうそこは、ラウルたちにとって帰る場所だ。