chapter. 10−1
グラエキアでのスカウトと双子の里帰りも終え、ロタリンギアに帰国すると、すぐにアスクレピオスは意気揚々とメティス大学に赴任した。
着任の翌週に様子を見に行ったが、非常に充実した様子で研究に没頭しており、学生は極めて雑に扱われてはいたものの、意外と的確に指導しているようだった。
ケイローンはトレヴェリス大学に赴任し、趣味と実益を兼ねて史学や哲学の研究をしつつ、レッツェにやってきて魔法の研究もし、たまにラウルの指導もしてくれる。
そして、コンスタンティノスに代わって下ロタリンギア公領での軍隊の育成に注力してくれていた。仕事量が多いのではと懸念したが、本人は楽しそうにすべてをこなしており、すべてが期待以上の成果だった。なぜかカストロがドヤ顔をしていた。
一方、ラウルは新ラバルム帝国との同盟や、ロタリンギアを含む9か国に跨る取引所の協会である取引所連盟の発足に向けて準備に追われている。取引所連盟加盟都市における取引所の設立と連盟の事務所の開設自体は終わっており、実稼働は済んでいる。
ロタリンギア国内で22都市、残る8カ国で27都市に及ぶ大規模な組織であり、ラウルの元居た世界で言えばハンザ同盟に近しいものだ。これにより、名実ともにロタリンギアの通貨が基軸通貨となるだろう。
ただ、取引所連盟にゲルマニアとガリアは入っていない。もちろん両国とも連盟の存在は知っているし、もともとこの2か国は兄弟国であるため、通貨の交換は昔から取り決めがあることから、取引所連盟に入っていないことはそこまで問題ではない。
ただ、こうして交易ネットワークが構築された以上、ガリアとゲルマニアはそのネットワークの外側に位置することとなり、貿易上の不利益は商人など国民の間では徐々に意識され始めていた。
特に、ブリタニアや新ラバルム帝国の商人がガリアとゲルマニアの商人に対して優位に立つようになったため、相対的にガリアもゲルマニアも輸入超過気味になりつつあった。
この状態で新ラバルム帝国とロタリンギアの同盟が発表されれば、それはもう、ゲルマニア王ルートヴィッヒは烈火のごとく怒るだろうな、と思いつつ、今日もラウルはラティウムに転移していた。
「いい加減、俺との婚約に同意したらどうだ」
「それ、新しいエトルリアの挨拶か?」
「チッ」
ラティウムの宮殿、旧カイスラ宮殿であった場所にやってきたラウルは、出迎えたルキウスのいつものそれにため息をつく。
前回は警戒してロンバルディアで会議を行ったが、今は気心知れた仲であるため、首都まで来ている。
「ルキウス帝よ、私とて陛下への無礼は黙っているわけにはまいりません」
「毎度毎度ご苦労なことだな」
一緒にやってきたのはポルクスだ。カストロだと口論になることと、ルキウスもポルクスの剣術には一目置いていたこともあり、ラウルは帯同の警備をポルクスに任せている。
いつも通り、ルキウスはポルクスを控室に残して、ラウルとともに貴賓室に入る。
それにしても、やはりラティウムは暑い。ローマにあたる都市だけあり、太陽光はきつく屋外はかなりの気温になっている。
風通しの良い宮殿ではあるが、エアコンなど当然存在しないため、少し蒸す。それでも耐えられないほどではないのは、やはり精緻な構造をしている建築だからだろう。
貴賓室の豪勢な装飾に囲まれながら、長椅子に腰掛け、向かいの長椅子にルキウスもどかりと座る。柔らかく肌触りの良い生地は密かにお気に入りだった。
「フ、気に入ったか」
「……そんな分かりやすかったか、俺」
「座る度に生地を撫でて座り心地を確かめているだろう。あざとい王だな」
「うるせぇ、この長椅子持って帰るぞ」
「なら代わりに嫁に来るんだな」
「対価重すぎだろ」
軽口を叩いていると、使用人が怯えながらワインを注いで退散していった。恐らく、ルキウスの様子が平常時と異なるためだろう。いや、普段から怯えられていそうだ。
使用人も部屋から出ていくと、部屋は二人きりとなる。