chapter. 10−4


「もっとすごいものを食べていた時期もあるからね、私たちは。ブリタニアを襲った極度の貧困の中では、王侯貴族すら肉の臭みを消す香料もなかった」

「え、そうだったんすか」

「今でこそ、ブリタニアは国力をかなり回復しているし、生活水準は向上して食事もずっとマシになった。ラウル王のおかげだよ」

「…ポルスカとルテニアだって、辺境は似たようなものさ。特に、冬が長く厳しい分、騎馬民族のような機動力がない農民は食事も厳しい」

「そういうもんなんすね…」


カドックもなんだかんだフォローに入ってくれる。感心するマンドリカルドだが、カドックはすぐに皮肉めいた笑いを浮かべた。


「まぁ、ロタリンギアは豊かすぎて庶民ですら果物や肉、香辛料を楽しんでるらしいけど」

「そうだな、嘘はつかない。ロタリンギアの庶民の生活水準はブリタニアやアヴァールの貴族の水準と同じくらいだと思っていい」

「すげ、でもそれもラウルの…失礼、ロタリンギア王の功績なんすよね?」

「昔から地力が高い国だったと思うぞ、ロタリンギアは。俺はちょっとそれを伸ばしただけだ」


マンドリカルドはうっかり呼び捨てにしてしまったが、普通は王侯貴族の集まる公式の場でそれはあり得ないことだ。現にカドックはぴくりとした。一方、ラウルはまったく気にしていないため、それにも驚いたようにしている。
とはいえ、ラウルとのヴァルソヴィアでの密談でそういった側面も見ていたからか、納得はしているようだ。

そうして食事を進めていると、デザートのワイン漬けされた果物と砂糖で煮詰めたリンゴ、新鮮なフルーツが出てきたあたりで、紹介しようと思っていた人物が到着したことが使用人に告げられた。


「食事中悪い、ちょっと紹介したい人がいる」


そう断りを入れてから入室を促すと、扉が開いて堂々と男が入ってくる。やはりその貫禄は一国の王に収まる器ではない。


「下ロタリンギア公、元東ラバルム皇帝のコンスタンティノスだ」

「お初にお目にかかります、ブリタニア王、アヴァール王、ポルスカ大公。我がロヴェン宮殿にお越しいただけた栄誉、この身にあまりあります」


優雅な一礼をしたコンスタンティノスに、マンドリカルドは「おお…」と思わず声が出ていた。カドックも感嘆の色を浮かべている。当然だ、東ラバルム帝国の皇帝とはそういう格の人物だ。

ここは下ロタリンギア公国の首都でもあるため、この宮殿はコンスタンティノスの居城だ。ただ、午前中は公務に追われ、領内にやってきた1000人の来客のもてなしも重なったため、こうして一瞬だけ顔を出させた。
アーサーは席を立とうとしたが、ラウルはそっと目配せをして制する。確かに相手は元皇帝だが、今は公だ。王が自ら席を立って挨拶をするべき相手ではない。


「ご滞在中、ハスバニア伯領名物の最高級果実をいつでもお楽しみいただけるよう手配いたしました。『我が』王との同盟を祝してワインも取り揃えておりますので、使用人にお申し付けください」


にこりとして言ったコンスタンティノスはなぜかアーサーに視線を向けた。アーサーはぴくりと口元を引き攣らせている。


「…それは、楽しみにしていよう、下ロタリンギア公。もてなしに感謝するよ」


代表してアーサーが応じてくれたため、ラウルはコンスタンティノスを下がらせることにする。


「ありがとな、コンスタンティノス。下がっていいぞ」

「それでは失礼いたします」


すると、コンスタンティノスは恭しくラウルの隣に膝をついたかと思うと、椅子に座るラウルの右手を取り、手の甲にキスを一つ落とした。驚いて固まるラウルにいたずらっぽく笑ってから、優雅に一礼して食堂を去っていく。
まさか、他国の王が見ている前でここまでの挨拶をしていくとは。いったいどうしたのだろうと呆けていると、アーサーが咳払いをした。


「ずいぶん…慕われているんだね?」

「や、コンスタンティノスと公式の場に出るのは久しぶりだしな…他国の来賓がいるときの、東ラバルム帝国の儀礼ではあれくらいやんのか」


軍人であり皇帝であるため、騎士のような挨拶になるのかもしれない。とりあえずそう理解してワインを飲むと、アーサーたちはなぜか微妙な顔をしていた。


「…え、なんだ」

「いや…ある意味では君の防御力は高いのかもしれないね…」

「はぁ?」


カドックとマンドリカルドも頷いており、釈然としない気持ちになったものの、砂糖漬けのイチゴの甘さとワインが合うことに気をよくしてすぐに放念することにした。


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