chapter. 10−11
足並みが揃わないことを理解したシグルドはもう一つため息をつくと、あらかじめ想定していたのだろう、ゲルマニアの意思を伝える。
「ラウル、お前の意思は変わらないのだな」
「あぁ。俺は守るべきものを守る。この同盟はそのためのものであり、誰かを傷つけるためのものじゃない」
「いいだろう。ならばゲルマニアは実力行使しかない。ロタリンギアの行動はゲルマニアにとって事実上の敵対行為だからな」
シグルドの冷徹な目でそう言われるのはあまりいい気がしない。しかし、ラウルは怯んだところを見せるつもりはなかった。
「つまり、ロタリンギアとその同盟国すべてを敵に回すつもりということだな」
「敵になりえるならばな。有象無象はいくら集まっても有象無象に過ぎん」
「得られるものなんだ?仮にロタリンギア全土を併合したとして、平野でガリアと国境を接したその先にあるものは?その戦争で失われるものと釣り合うのか?」
ゲルマニアが軍事行動を起こし、それがゲルマニアの完全勝利だったとしても、得られるものはいったいどれだけあるのか。確かに豊かなロタリンギアの領土を得ることは税収の増大に繋がるだろうが、同盟国との大戦争になればそれ以上の国力の喪失を招くことになる。
まだ総動員などができるような高度な世界ではないため、リソースは限りがあるのだ。
「ロタリンギアには大勢の人間が暮らしている。戦争を起こせば間違いなく、関係ない市民を巻き込むことになる。そうまでしてやることか」
「仕方ないだろう、運が悪かっただけの話だ。もちろん、当方が出陣する際は街や村を避けて行動しているが、巻き込まれたならそれが運命だったということだろう」
この世界に宗教はない。だからこそ、弱者を助ける、女子供には手を出さないなどの倫理観はなく、それらは法によって決定されている。古代ラバルム帝国が高度な近代的法体系を持っていたのは、宗教が担っていた倫理的な社会ルールが存在しなかったため、法律でそれを存在させるほかなかったからだ。
そのため、キリスト教国が避けていた都市への攻撃はあまり躊躇われないし、略奪は正規軍でも行う。もちろん、それらはラウルの世界線でも起きていたことだったが、その野蛮性は当時から指摘されていたし、戦時国際法は最も早い段階に成立した国際法だった。
「…ロタリンギアにゲルマニアを攻撃する意思はなく、新ラバルム帝国がゲルマニアを攻撃すれば同盟を破棄してともに迎撃する、そんな状態でロタリンギアと戦争を起こす必要性をどうこじつけるんだ。それを、どうやって戦場で命を落とした兵士の家族に伝えるんだよ」
「そんなものは不要だ。戦士とは戦場で散るためにこそある。祖国のために命を落とすなら本望だろう。そも、我々にはどれだけの犠牲を払おうとも、ゲルマニアの安全と誇りを守る義務がある」
淡々と述べたシグルドに、ラウルは時代が違えば価値観も違うのだということを理解していてもなお、どうしても怒りを抑えることができなかった。ラウルが元居た世界の、時代の価値観を押し付けることは極力したくないが、それでも、王として、ラウルは自分の言いたいことを言うことを選んだ。
「…っ、お前は、お前は人の命をなんだと思ってるんだ!?」
突然、立ち上がって声を荒げたラウルに、シャルルもシグルドも驚いたようにして、カストロたちも目を見張っているのが視界の端に見えた。重い椅子が大理石の上をずれる大きな音が響く。
「確かに俺たち王は人間を数で捉えることもある、戦争になれば死を前提とする!それでも、本来命は等価だ、死んでいい人間なんていない!一人一人に家族や友人がいて、人生があって、尊厳がある!それを無駄に散らしてまで必要な戦争なのか!?」