chapter. 10−12


戦争という手段を原則として禁じる現代の国際的な価値観そのものをここで述べるのはナンセンスだ。それでも、人の命を散って当然だと、それを簡単に言ってしょうもない戦争をしようとしていることに、ラウルは怒りがこみ上げたのだ。

すると、シャルルも立ち上がって、そっとラウルの肩を抱く。5センチほどの身長差であっても体格差が勝り、その包まれるような感覚に冷静になる。


「落ち着け、ラウル」

「…、シャルル……」


シグルドはラウルの激昂に目を見張っていたが、やがて小さく笑みをこぼす。そして、ラウルを見上げて困ったようにした。


「……貴殿は、優しすぎるな。王として、それも難しい立場のロタリンギア王として振る舞うには、つらいことも多いだろう。それでもあなたは、顔も名前も知らない誰かのために、怒るのだな」

「……悪い、取り乱した」

「いいや。当方も、そのように真っ直ぐ指摘されることはほとんどない。立場上ということもあるし、父とはあまり意見が対立しないからな。唯一、我が愛ブリュンヒルデからのみ、今のように叱り飛ばされることがあった。だからこそ少し驚いた。君がそこまで感情を露わにしたのも、それだけ民と自身を並べて考えていたということも」


らしくないことをした自覚はあった。しかし、シグルドは気にした様子はなく、何やら考え込む。


「…もし今の問答を我が愛が見ていたら、きっと当方は槍で刺されていた。それほどまでに、ラウル王の覚悟は強かった……あぁ、そうだ。当たり前のことか、誰にでも、名も知らぬ兵士にも、我が愛のような存在がいるのだな。知っていたはずなのに…上に立つと、見晴らしが良くなるとは限らないということか」

「シグルド……?」


とりあえずシャルルとラウルが席に戻ると、シグルドはこちらに視線を戻して微笑んだ。


「…ロタリンギア王の覚悟、しかと受け取った。持てるすべての力を使って、国を守ろうとした結果がこの同盟関係なのだろう。ならば、ゲルマニアへの敵意によるものではあるまい。抵抗の意思ではあるのだろうがな。当方も、ゲルマニア王と戦争の規模については話しておこう。あわよくば…小競り合いで済ませて適当な外交的着地点を見出す方向で進められるかもしれん」

「え…いいのか、そんな勝手なこと…てか、なんで」

「確かに今の王は父ルートヴィッヒ王であり、次期国王は兄ジークフリート大公だが、当方にも矜持というものはある。民を守ろうとする貴殿の意思と覚悟の強さを見せられ、それに応じないほど、恥ずべきことはあるまいよ。君主としてあるべき姿を見せられたのだからな。ならば当方も、守るために動こう」


なんと、シグルドはラウルの本気を見て、ロタリンギアとわざわざ戦争をする必要があるほどゲルマニアが追い詰められているわけではないと理解したらしい。
そのうえで、ルートヴィッヒの顔も立てつつ国内での見せ方を工面しながら、全面戦争を避けようと決めてくれたのだ。


「礼を言おうロタリンギア王。誰にでも、我が愛のような大切な存在がいるのだと、あるいは誰かにとってのそういった存在であるのだと、改めて理解した。この気づきは君主として必要なことだった。君主という生き物である前に、一人の人間でいたいと思う。そのために、他者の人間としての尊厳を忘れてはならないのだな」

「…俺は偉そうなこと言える立場じゃない。それでも、俺の言葉を聞いてくれて、ありがとう。もちろん、このあとどうなるかは分からないけど…なんであれ俺は、守りたいものを全力で守る」


やはりジークフリートの弟だ。シグルドは優しい人なのだと思う。ラウルは、少なくともこの場ではラウルの想いを受け取ってくれたシグルドに感謝する。
そこに、シャルルは笑って手を一度叩く。少し、いつもの少年めいた色が出ていた。


「よし、ならば着地点を決めておこうじゃないか。お互い、守りたいものを守れるような、そんな結末にしよう」


そうして、三王会談は、ラウルとシャルル、シグルドの間で事実上の戦後条約を戦前に結ぶような形で終わった。
戦争といっても、小競り合い程度のもので済ませるとシグルドは言ってくれたが、こればかりは王であるルートヴィッヒの意思もある。一応、すべての可能性を視野に入れて準備はしておくつもりだが、最悪の結果を避ける余地は十分にある。


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