chapter. 2−4
さすがに、といった感じでポルクスは制するが、ラウルは気にせず顎に手を当てて考える。
「…そうだな、お前たちにはあまり馴染みがない感覚だったかもしれないな」
すると、ラウルはカストロの質問に答えるでもなく、そう述べた。認識の相違がある、とでも言いたげだ。
どういうことかと無言で続きを促すと、ラウルは夜の暗闇が満ちる窓の外を見遣る。
「お前たちは双子、生まれてからずっと一緒で、お互いがきっと不可分の存在なんだろ」
「当然だ。我らは二人で一人、されど二人。何者にも切り裂けぬ絆だ」
「だろうな。だからきっと、お前たちはお互いがいる限り、孤独になることはない。一人も味方がいない、なんてことにはならないだろ。俺はそうじゃない。宮廷も、王都も、国も、ウェスティアさえも…俺にとっては敵になってしまうかもしれない」
「世界を敵に回すとでも?」
「それだけこの国の地位は低くなっていて、その王になる俺は、国を立て直す過程で多くの敵を国内外に作るってことだ」
確かに認識にはずれがあった。ラウルは双子と違って孤独であり、誰も味方がいない。その孤独感を払しょくするというのは、最初から孤独になり得ないカストロとポルクスには、重要性が理解しきれないことだったのかもしれない。
だが、そこまでするなら敵を作らなければいいだけだ。ここまでして双子を優遇するよりよっぽど簡単に思える。
「…この1年、見ている限り、お前であれば敵を作らない立ち回りも可能だろう。なぜ敵対者をいたずらに増やす道を考えている」
「そうしないと戦争が起こるからだ。このロタリンギアで」
「…?」
ラウルは二人を手招きして、壁にかけられたタペストリーの地図を指し示す。
近寄ってタペストリーを見上げると、ラウルはロタリンギアの両隣の国を指さした。
「西のガリア王国、東のゲルマニア王国。それぞれ、ロタリンギアの獲得を狙っている。ロタリンギアを征服することでウェスティア宗主国としての王権を確かなものにして、かつ豊かな土地を得て、互いに戦うために」
「ガリアをブリタニアの支配に任せておけばよかったものを」
「そういうわけにもな。こちらにも、形骸化しているとはいえウェスティア宗主国のメンツってのがある」
先日、ガリアの西部を支配していたブリタニアを大陸から追放する戦争が終結し、ロタリンギアも派兵していた兵士たちを帰還させた。ラウルもその視察に行っている。
「さて、ガリアとゲルマニアはいずれウェスティア全体を統一するべく互いを敵視しあっているわけだけど…この二か国が軍事的に衝突するとすれば、どこになる?」
「っ、ロタリンギア王国、ですね…?」
ポルクスは息をのんで答える。ラウルは頷いて、細長くガリアとゲルマニアを隔てる王国を見つめる。
「いわば緩衝地帯と化している。いざ戦争になれば、戦場となるのはロタリンギアだ」
「そうなれば、王国は消滅するというわけか」
「そんなことは正直どうでもいい」
しかし、カストロの言葉にラウルは意外な言葉を返した。王位継承者であるにも関わらず、亡国の危機をどうでもいいと述べた。しかし、どうでもいいという顔ではない。
訝しんでいると、再びラウルは窓の外、華やかなウェスティア最大の都市メティスの夜の明かりを眺める。
「俺が王の座をなくしても、ロタリンギアが地図から消えても、そんなことはどうだっていいんだ。ただ、この国が戦場になれば、多くの民が命を落とす。たくさんの生活が破壊されて、子供が死んでいく。それだけはだめだ」
「ラウル…」
「ラウル様……」
それは初めて聞いた、ラウルの厳然たる意志だった。王になってやりたいことなど聞いたこともなかったが、この幼いはずの王子はすでに、民のために王になり、戦争を避けるために玉座につくのだという。
「この国が戦場になり人々が命を落とす。それを避けるためには、国を強くしなきゃいけない。やすやすと手を出してはいけないと、ガリアとゲルマニアにわからせなければいけない。そのためには改革が必要だ。俺は王位を継承したら、すぐに国土を再編して合理化を図る。国土を強靭化して、生産力を高めて、軍事力を高める。そして外交でバランスを取り、ガリアとゲルマニアの喉元にナイフを突きつける」
「…できるのか、そんなことが」
それは途方もないことだ。いくら小国に成り下がったとはいえ、ここはウェスティアの中心。歴史あるロタリンギア貴族たちを敵に回して国家を運営するなど生半可なことではない。
「だから言っただろ、俺には味方が必要だって。敵だらけになる俺の周りで、お前たちだけは、味方でいてほしい」
「なぜそこまでして民を守ろうとする。国益や王室の財産のために敵を作ってでも努力するのはわかる、だが、お前に私欲はないんだろう」
まったく個人的な目的ではなく、民のためという極めて大きな目的を持つラウルに、カストロは重ねて問いかける。いつまでもラウルの自身が見えてこなかったからだ。
ラウルは気にしたようでもなくすぐに答える。
「私欲、なぁ。しいて言えば…この国に生まれてよかったと笑ってほしい。一人でも多くの人々に。そうすれば、王になる苦労も報われるってもんだろ。ついでに、お前たちにも、この国に来てよかったと思ってもらえたらいいな」
そう言ったラウルの横顔があまりに優しくて、銀髪に淡い碧眼がこの世のものではない存在かのような美しさだった。
ポルクスは極まったのか口元を手で覆って、大きな瞳に水分を多く貯めている。
そしてついに、カストロも納得した。
ラウルは本気で、民に、そしてカストロとポルクスに、幸せだと笑っていて欲しいのだ。それが王という業への報いになると考えている。
それならば、と、カストロは一瞬目を閉じてから、ゆっくりと開く。
「…分かった。それなら、俺はお前をこそ笑顔にしよう。お前を幸せにしよう。お前とポルクスだけでいい。ラウルとポルクスが幸せで笑顔であるならば、俺はほかのことはどうでもいい」
「兄様…」
「カストロ、」
ラウルは息をのんで目を見開く。きっと誰かにそんなことを言われたのは初めてだったのだろう、言葉を失い、どこか泣きそうに目元を一瞬だけ歪めてから、小さく笑う。
まさに、二人が初めて見たラウルの笑顔だった。
「…それは、嬉しいな」
その笑顔があまりに綺麗で、カストロは顔に熱が上がるような気がした。そして、これからはもっと、たくさん笑って欲しいと柄にもなく思ってしまった。
ラウルが民の幸福を願うなら、カストロはポルクスとラウルの幸福だけを願うのだ。
そうしてこの日、カストロは誓った。
ラウルとポルクスを死ぬまで守ると。それが、カストロに与えられた使命なのだと、己と、己を命を賭して守った両親に誓ったのだ。