chapter. 11−5


1277年8月28日、ついに戦争が始まった。

レッツェ城の執務室にいたラウルのもとに、カストロがゲルマニアによる越境と最初の攻撃を報告しにやってきた。


「ラウル、始まったぞ」

「どこからだ?」

「マンネンハイムから、約8000が移動を開始。ドゥアラッハの5000もレーヌス川右岸を南下し始めた」

「予想通り、ジークフリートとシグルドが率いる大公軍からか。さっき、北フリジア諸島の灯台からゲルマニア軍の艦隊を視認したと連絡があった。今頃はハラレム沖に到達してるだろうから、すべての戦線で今日か明日には始まるな」


すでに全軍を配置済みだ。斥候も大量に周辺に放っているため、各戦線でこちらよりも状況を把握できているだろう。


「ラウルはどうするのだ?まさか戦場に行くとは言うまいな」

「……」


すると、カストロはそんなことを聞いてきた。言葉に詰まったラウルに、カストロはじとりとした目を向ける。


「ロタリンギア王ともあろう者が直接戦場に出向くなど。何よりそんな危険なこと、俺が許すとでも?」


どうやらカストロはラウルが戦場を視察することを懸念しているようだ。今回の戦争では、指揮官をプロに一任しており、ラウルは名目的な総指揮官となっている。わざわざ戦場に行ったところで具体的にできることはなく、強いて言えば新ラバルム帝国の軍とルキウスをエトルリアに送り迎えするだけだ。
だが、何もすることがなくても、そこに行くだけで意味がある、というのが王という立場に付随する価値である。


「いや…でもほら、アーサーとかルキウスまで戦場に出てるわけだし。他国の王を前線に出して俺はレッツェの要塞に引きこもるなんて、示しがつかないだろ」

「それは…そうだが……」

「ていうか、カストロが守ってくれるし?何も問題ないな。俺の最初の味方なんだから」


ラウルが立ち上がって言えば、カストロは唸るように迷ってから、渋々頷いた。


「俺が守るのは当然だ。しかし、危険を伴う場所にみすみす行かせるなどというのは…苦渋の判断だと理解しろ」

「俺がそうできるのは、カストロとポルクスがそばにいてくれるからだ」

「…っ、はぁ…お前には敵わない」


カストロはそう言いつつも、表情を緩めた。カストロとポルクスの二人が絶対的な味方でいてくれたから、ラウルはこうして同盟国を揃え、ゲルマニアに立ち向かっていることができた。
今では信頼できる味方もたくさんできたが、それもこれもすべて、二人のおかげなのだ。


「ポルクスはレッツェに残って、城に集まる報告を受けてもらう。俺とカストロで各戦線を転移して様子を見よう。各地の陣地内に入る予定だけど、転移直後の警戒頼むな。まぁ、言うまでもないか」

「言うまでもないが、改めてその点を指摘するだけ警戒しているというのは評価しよう」

「一応俺、こう見えて王様なんだけど」


なんとも上からの言葉に呆れてそう言えば、カストロはふっと小さく笑う。


「どこからどう見てもお前は王だ。他の追随を許さん優れた王だ。だがお前の偉大さは強さではなく優しさ。なればこそ、俺が守るのだ」

「…、俺も正直、カストロのそういうところには勝てねぇな」

「想いの強さだろう。俺はこの命、この生すべてをお前のために捧げると覚悟し、お前はそれらをロタリンギアのために使っている。ただ一人だけに向けている俺の方が想いが強いのは当然だ」


いつでもそうやって、全身全霊でラウルのために在ろうとしてくれるカストロ。確かに、その想いには敵わない。
ロタリンギアのすべての民のために生きているラウルとは、ベクトルの集中が違うのだ。


「…本当は、ゲルマニアの兵にも極力死んで欲しくないんだ。でもそれは、さすがに理想が高すぎるし、彼らの名誉にもならない話かもしれない。俺のエゴだ。俺は王として、ゲルマニアの兵士を全滅させてでも、この国に生きる人々を守る。でも、本当は誰にも死んで欲しくなかったんだってこと、お前だけは知っててくれ」

「……俺はもちろん、ポルクスも、ロビンも、コンスタンティノスも、モレーも、ブリタニア王や新ラバルム皇帝、ポルクス大公、アヴァール王とて知っている。だから手を貸すんだろう」

「っ、ありがとな…」

「礼には及ばん。すべて、お前の成したことだ」


その言葉に、ラウルはつい、カストロの肩に頭を預けるようにして体を寄せた。もっとくっつけとばかりに、カストロはラウルを正面から抱きしめる。

敵味方合わせて22万人もの兵士が動員されるこの大戦争は、戦争そのものを回避するというラウルの政策によって、本来のそれよりかなり規模の小さいものになっている。シグルドの言葉通りなら、すぐにゲルマニアは撤退する予定だ。
それでも犠牲は互いにゼロではない。ラウルとて犠牲をまったくのゼロにできるとは最初から思っていなかったが、結局のところ、その覚悟ができていたかと問われると分からない。

それでも、ラウルはそれでいいのだと思っている。戦争で犠牲になった誰かを想って涙を流す顔も名前も知らない「誰か」を知っていることが、現代にいたるまで続いてきた人類の歩みの結果そのものだからだ。


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