chapter. 11−7


モレーはいつもの胃痛に顔をしかめそうになりながらも、斥候から入ってくる情報を即座に分析し、すぐに指示を出す。移動のしやすい平野部だ、敵軍も簡単に進路を変更できる。
落ち着け、と自分に言い聞かせながら、胃の痛みに眉を寄せると、突然、テントの外から慌てたような声がし始めた。
まさか敵かと思ってすぐにテントを出ると、そこには、慌てて平伏する兵士たちの姿。その先には、戦時用の軽甲冑に深紅のマントを纏ったロタリンギア王が泰然と立っていた。


「あぁ、モレー。突然で悪いな。お前たちも持ち場に戻っていいぞ」

「はっ」

「必ずや陛下に勝利を!」


兵士たちは深々と礼をしてからバタバタと元の仕事に戻っていく。ポカンとしてしまったモレーは慌てて膝をついた。


「し、失礼いたしました」

「大丈夫か?もう少し肩の力抜いた方がいい」


そう言ってラウルはモレーの肩にぽんと手を置く。微笑んだその青い瞳と日の光を反射する銀髪に、それだけで、胃の痛みがすっとどこかに飛んでいくのを感じた。


「お、恐れ入ります…」

「お前の胃に穴が開かないか心配だな。まぁいい、とりあえず戦況の確認だ。状況は?」

「は、こちらへ」


モレーは指揮官のテントの中にラウルとカストロを案内する。カストロが静かにしているのは、あまり出しゃばらない方がいい場面だと理解しているからだ。ラウルが積極的に関わっている姿を見せるだけで、兵士たちの士気が違う。


「現在、斥候によって敵軍の進路をつぶさに把握しています。敵軍はバッルムの西方、マトロナ川からオルナ川が分岐する地点に大規模な陣を敷いている模様。恐らく、バッルム方面と北の森の合間から進軍するはずですが、全軍をどちらかに投下する可能性もあります」

「位置取りは正確に掴んでるんだろ?」

「はい…しかし、バッルムの北に移動して、ヴィルドゥヌムに続く街道に全軍で防衛を行った方がいいのでは、という気もしており…」


モレーが迷っているのは、恐らく分裂してやってくるであろうカンパニア軍を前に、それぞれを迎撃するか、一か所で迎撃するかのどちらを取るかだった。もしも分裂するのがブラフだった場合、各個撃破されるリスクもある。一方、ヴィルドゥヌムを背後にして最終防衛ラインとするのは、もしも突破された際にメティスまで進軍を許しかねない。

どちらもデメリットが大きく、モレーの胃はキリキリと痛んでいた。


「モレー、戦闘の機能を思い出せ。こういうときこそ基本に立ち返るんだ」

「は、はい…発見、拘束、制圧、機動、占領の5つの機能ですね」


戦闘とは5つの機能に大別される。敵をいち早く補足する発見の機能、接敵して敵軍を一か所に押しとどめる拘束の機能、敵を大きな火力で叩きのめす制圧・攪乱の機能、敵軍の行動に対して効果的に再展開する機動の機能、そして敵軍全体を無力化する占領の機能だ。一連のステップでもある。


「相手に拘束される方法を考える必要はない。確かにこれは防衛戦だが、敵軍を固定することはこちらが先手を打てるはずだろ。相手も斥候がいる、ならば、こちらから敵軍の陣に出向いて相手が大きく分裂する前にバッルムの西に押しとどめる」

「…なるほど、その状態で火炎魔法を持つ者による大規模攻撃を仕掛け攪乱し、逃げる敵軍を追いかけて接敵機動を取り、各個撃破で占領する…ということですね」

「あぁ。大丈夫、お前はもう、必要な情報をすべて頭に叩き込んでいるはずだ」


ラウルの言う通り、すでにモレーの頭の中には、こちらから仕掛ける布陣、行動ルート、配置、数、すべて整いつつあった。相手の斥候にわざと気づかせて敵兵の配置を誘導し、敵兵の薄いところに再展開して複数方面から接敵する。


「…ありがとうございます陛下、すぐに指示を出してまいります」

「さすがだな。この上ロタリンギアにおいて、モレーは俺の次に権力を持つ人間だ。その力、果たせると信じてる」

「必ず、この平野は守ります。あなたと、あなたの大切な民のために」

「ありがとな」


どんな時でも、ラウルは変わらない。冷静で聡明、そしてそれでいて、どこまでも人を、その人以上に信じている。正確にそれぞれのできることを理解しているから、その人物の領分の及ぶ範囲で仕事を任せているのだ。
モレーに任されたのは、この上ロタリンギア公国の伯位の半分。ここヴィルドゥヌム伯領もそうだ。そして、この地を守ることも任されている。それができると、モレーよりもモレーを信じてくれているからだ。

この人のために在りたいと思う一方で、ラウルもまた、モレーを含むロタリンギアの民のために在りたいと思っている。ならば、その想い、必ず守ろうと改めて誓った。

もう胃痛は止んでいる。ただ、やるぞ、という覚悟だけがあった。


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