chapter. 11−8


二重の水堀に囲まれた星形要塞の堅牢な都市ストフェーネ。ヴォルーヴェ伯領北部において最大の都市であり、東フリジア辺境伯領と下ロタリンギア方面とを結ぶ唯一のまともな街道が通る場所だ。
星形の城壁は外側も内側も堀にイスラ川の水が満たされているが、これは防御であるのと同時に、洪水が起きた際に排水を促すための水路でもある。治水と防衛との二つの役割を果たせる複雑な城壁は、アンドウェルピア大学数学部の教授モリアーティが設計したという。

その城壁の上に立つガウェインはモリアーティのことを思い出し、あまりラウルに近づいて欲しい人物ではないことに眉をひそめそうになったが、関係ないことを考えている場合ではないと思考を切り替える。

平原を吹き抜ける風は湿り気を帯びていて、どこかブリタニアを思い出させる。存外嫌いではないこの風の先に、小イスラ川に沿って進軍する3000の軍団が見えていた。


「ガウェイン様、敵軍はヴレデナ((ヴレーデン))市を超えて越境しました。国境を越えた場所にある集落で船を徴収し、速度を上げています」

「承知しました。恐らく2時間で接敵します。現時点より斥候は隠密性より速度を重視するように」

「はっ」


兵士が去っていったところに、ガウェインはふと、空気の揺らぎを感じる。魔力の気配であり、咄嗟に警戒して振り返ると、そこには見慣れた姿があった。


「さすがの反応だな、ガウェイン」

「ロタリンギア王!まさか前線までお越しいただけるとは。レンディンガ副伯がお許しにならないかと」

「ラウル王たっての希望だからな」


転移で現れたのはラウルとカストロだ。前線の視察を行っているのだろう。カストロの過保護ぶりを考えれば、前線への御幸はないかと思っていた。
膝をついて礼をしたガウェインに、離れた城壁や綾堡にいた兵士たちも気づいて、誰がここに現れたのか理解し始める。水堀の向かいにある市街地を囲む城壁にいた兵士たちも気づき、歓声を上げる。

それらに対してラウルは手を挙げて応えた。フリジアの地に生きる人々がどれほどラウルを敬愛しているか、以前のブリタニア訪問前のフリジア訪問で理解しているだろう。本人は身に余るように感じているようだが、それどころではないほど、この地の人々はラウルという王を尊敬していた。

もともと、ラウルが来るまでもなく、ガウェインが指揮するこの軍は士気が高い。下ロタリンギアの中でも寒村が多いレーヌス川沿いの地域からの兵とフリジア出身の兵が混在しているからだ。これらの地域は、ラウルの改革によって命と生活をつなぎ、今やウェスティアでも屈指の多角的な産業を擁する場所となっている。
そこにラウルが直接やってきたのだ、兵士たちは勇ましく声を上げていた。


「…ありがとうございますラウル王。誰のために武器を取るのか、この地の兵はもとより理解していましたが、より一層、身の引き締まる思いでしょう」

「俺のために勇んで死ぬことがないように頼むぞ、ガウェイン」

「…っ、ええ、もちろん」


そしてラウルは、兵士たちが生き残るような戦いをしろと命じた。自分のために武器を取る者たちが帰ってこられるように務めを果たせという指示だ。

いつだってこの王はそうだった。貧困と飢餓に喘ぐフリジアとブリタニアの人々一人一人に思いを馳せて、そのうえで国家全体の運営を変更した。当初のブリタニアとの同盟では、ロタリンギアの方が多くの出費をしてブリタニアのために物資や食料の提供を行ってくれていたが、それは同盟の証という形式を超えて、明日をも知れぬブリタニアの国民が助かるための具体的な手段の域にあった。だからこそ、新しい農法までもがもたらされたのだ。


「…ラウル王、あなたはなぜ、王としての責務を果たしながらも、名も知らぬ誰かのことも想えるのですか」


つい、ガウェインはそんなことを聞いてしまった。戦況の共有でもするべき場面なのだが、ラウルもすでに、川の先に軍勢が見えているのだろう、聞くまでもないと判断している様子だ。
ラウルはきょとんとしながらも簡単に答える。


「同じ人間だからだ。誰だって、痛いものは痛いし、苦しいものは苦しいし、悩むし困るし不安になる。怒ることも憎むこともあるけど、それでも、誰かを愛して愛される。王でも農民でも同じだ。俺は、そういう、ただの人間でありたい」


ああそうか、とガウェインは理解する。ラウルは、どこまでも「人」なのだ。人として、人の上に立ち、そして人のための国家であろうとしている。


「…すべての国の王があなたのような人物であったなら。争いのない世界になるのでしょうか」

「どうだろうな。戦争になる理由は様々だ。どうしようもないときってのはあるし、この戦争もそういうものだ。でもそうだな、戦争を避けるという目的を一致させられれば、あるいは国家の争いの手段として戦争を完全に禁じることができれば、そんな平和もあり得るかもな。まぁ、それが難しいのも人の業だ」

「そう、なのですね」

「なんであれ、今、俺たちができるのは、国土を失わず、一人でも多く家に帰すことだ。信じてるぞ、ガウェイン卿」


本質を見ていながら、目の前のことからも目をそらさない。ガウェインはそんなラウルに、膝をついて深い礼を取る。


「この剣は今一時、あなただけのために。必ずやこの街を守り抜きます。そして、一人でも多くの兵を元の生活に戻しましょう」

「頼む」


アーサー王とラウル、二人の王に仕えることができるこの幸運を、ガウェインは感謝せずにいられなかった。


133/174
prev next
back
表紙へ戻る