chapter. 11−9


「ランスロット様、ウェサリア((ヴェセル))城から敵軍を視認しました」

「予定通り、対岸の部隊をウェサリア城周辺に展開。工作部隊はウェサリア東の森に配置」

「了解しました」


ランスロットは計画通りの指示を出す。ルピア川に沿ってやってくるゲルマニア軍は、右岸を移動しており、レーヌス川との合流地点の右岸に位置するウェサリア市を目指している。

一方、ランスロットはレーヌス川左岸、ウェサリアからレーヌス川を挟んでいくらか内陸にある丘に位置するビールタナという街にいる。この辺りで最も頑丈な地盤をしている。
見渡す限り、レーヌス川がもたらす大量の水が大地に染み込み、沼沢地となっている。ルピア川沿いも同様で、どちらの川も蛇行が激しいこともあって、川沿いは湿地帯となっていた。

ウェサリアも頻繁に洪水が起きており、洪水による感染症が慢性的に発生する。ラウルの干拓政策と城壁の整備、そして治水工事によってウェサリアの市街地はいくらか洪水を免れるようになったほか、このビールタナという小さな市街地の整備も進められ、さらにゲルマニア軍との戦いを念頭に置いた要塞もいくつか整えられていた。

意図的に地盤を強くする工事を行った場所はランスロットを含む指揮官にのみ伝えられており、どのあたりを通るのが一番安定して速度が出るか、各自が頭に叩き込んでいる。

そしてゲルマニア軍がウェサリアに到達したところで、ルピア川の堤防を破壊し、敵軍の後方を浸水させる。ウェサリアはルピア川が形成した崖線の上にあり、やや地面が高いため、町が浸水することはない。ルピア川に沿って右岸を歩く敵軍だけが、浸水に足を取られることになる。
ルピア川を下ってくるゲルマニア軍の船舶は貨物輸送の小さな小舟であり、そのままレーヌス川を渡河することも可能だが、一度に運べる人員は少なく、渡ったところでビールタナからのロタリンギア軍が各個撃破する。上陸できても、まともに歩ける地盤がどこにあるかはこちらしか知らない。沼地に足を取られている間に一網打尽にされる。


「…ラウル王はどこまでも未来を見据えておられるな」

「それほどでもねぇけど」

「……なッ」


まさか独り言に返答があるとは思わなかったが、さらにそれが本人からもたらされるとは夢にも思わず、ランスロットは息を飲んで振り返った。
無骨な城壁を背後に、テントの前に立っているのはラウルとカストロで、カストロは呆れたようにしていた。


「ガウェイン卿は陛下の気配に気づいておられた」

「…大変失礼いたしました。無礼をお許しください」

「いい、ここは戦場だ。剣を取る者が一番偉い場所だから気にするな」


あっけらかんと言ったラウルだが、周辺のテントに散っていた兵士たちもラウルに気づき、どよめいて慌てて膝をつき始めていた。王は王だ、最も高貴な人間だ。それもロタリンギア王ともなればなおさらである。

ラウルは兵士たちに軽く鼓舞する言葉をかけてから持ち場に戻るように促す。敵軍が迫っていることはラウルも理解しているようで、兵士たちもすぐに従ってもとの仕事に戻っていく。


「何か予想外のことはあるか。足りないものは」

「いえ、特に。陛下が事前にすべて整えてくださったおかげで、これほど有利な防衛線もありません。ルピア川の水量も、大きな水害に繋がる水位ではないようです」

「ならいい。ここを抑えられると河口戦線もエスネーデも背後を取られることになる、ランスロットなら心配ないけど、ここは任せたぞ」

「は。ようやく、ガリアの恩を返せます」

「ガリアの?」


首を傾げたラウルの見上げる視線はきょとんとしており、こんなにも愛らしいのにやることはどこまでも合理的なのはいったいなんなのだ、と内心で思ってしまう。敏感に察知したカストロが睨んできたため、ランスロットは返答を続ける。


「ご存知の通り、私の父はガリアのブリタニア領であったブルトン公でした。私にとってブルトンは故郷であり、ガリア戦争でのブリタニアの撤退は故郷の喪失に等しかった。現地に残されたブリタニア人は家族であり友人であり、大切な領民でした。しかしあなたが、幼いながらもあの吶喊王を丸め込みブリタニア人を帰還させ、ブルトンの民も大半がブリタニアで新たな生活を歩めました。同盟とともにもたらされた農法によって農業人口も増加し、ブルトンにいたときより豊かになれました」

「一応、ロタリンギアはガリアからブリタニアを追放した立場だから、そう言われると複雑だけどな」

「いえ。アーサー王もあなたも、先代から押し付けられたあの戦争や領土係争に翻弄されたお立場です。それでもあなたは、わが国と同盟し、飢饉に喘ぐ人々のために支援と自立のための方策を与え、我々ではできなかったブリタニア人の帰還を成し遂げてくださった」


ランスロットにとって、故郷を失った悲しみも、故郷の人々を置いてブリタニアに渡るしかなかった忸怩たる思いも、永遠に忘れられないだろう。しかしそれでも、ラウルがブリタニア人帰還令をガリアに行わせたおかげで、人々のブリタニアへの帰還だけは実現できた。
新しい、あるいは本来の故郷であるブリタニア王国で生活を再建した人々は今、ブルトンにいたときより圧倒的に豊かな暮らしを送ることができている。
それだけでランスロットにとってラウルには絶対の信頼があったが、そんなところへブリタニア王国との同盟を電撃的に行い、ブリタニア北部の大飢饉を解消するための支援を実施し、その広大な貿易網にブリタニアを組み込んだ。

何よりも、ラウルの人として人を想うその心の在り様に、ランスロットは心から敬服しているのである。

ランスロットは跪いたまま、ラウルの手を取る。そして、軽くキスを手の甲に落とした。カストロの舌打ちが聞こえる。


「この大恩、勝利をもって少しでも報いましょう」

「…ありがとう。健闘を祈る」


きっとラウルは、味方だけでなく敵すらも犠牲が少なくなることを祈っているだろう。健闘を祈り、その無事も祈っているのだ。ランスロットはそれも汲んで、犠牲の少ない勝利をこそ報告しようと誓った。


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