chapter. 11−11


1269年になるとガリアによるブルトン公国閉鎖が行われ、ブルトン公国にいたブリタニア人とブリタニア軍はまったく食料などが手に入らなくなり、ブリタニア本土から緊急支援を行った。
しかしそれにより備蓄がなくなり、1270年12月のブリタニア北部飢饉が発生してしまった。1268年のバイキングによる略奪と冬季嵐がノルド海沿岸の港町を破壊したことで貿易が滞っており、ただでさえ低い生産力が下がり、塩害による麦畑の壊滅と伝染病による人手不足が重なり、飢饉となったのだ。

1271年にはブルトン公国にガリア王マルテルが大攻勢を仕掛けブリタニアは敗北。ブルトン半島の先端にかろうじて領土を残すまでに追い詰められ、アーサーはランスロットを始めとするガリア植民地の統治者たちを帰還させた。
そして1272年、ガリア戦争は終結しブルトン公国を含むすべての海外領土を喪失したブリタニアは、深刻な農地不足と人手不足の中でぜい弱な農業がもたなくなり、冬に1272年北ブリタニア大飢饉に至った。

ブリタニア北部最大の港湾都市ディン=アイディン((エディンバラ))を首都とするローディアン伯を務めるアグラヴェインや、その北側のアルバ伯だったガウェインも含め、円卓の騎士たちがなんとか飢饉を解消しようと努力し、アーサーもガリア戦争の講和をなんとか穏便な内容に済ませるとただちにブリタニアの内政を整えようとしていたが、もはやブリタニア王国は手が付けられないほど荒廃していた。

本来は王として、内政も軍事もアーサーがこなすべきだったのだが、ガリア戦争で従属的な講和になればいよいよブリタニアに明日はなかったため、軍事に注力し、足元の内政が疎かになっていた。


「…誰もが、ロタリンギアに、君に報いたいと思っている。もちろん、僕もだ」

「…、それを理由に、ロタリンギアのために命を落としてほしくは、なかったんだけどな」

「分かっているよ。君のその優しさこそが、ブリタニアを救ったのだから」


絶望的な状況に光が差したのは、1273年10月、ラウルがキャメロット王城に突撃したときだった。光にしてはあまりに眩しく、やや乱暴なものだったが、その鮮烈さは、アーサーにとって今でも忘れられない希望だった。

1272年大飢饉は1年以上に渡って継続しており、夏を過ぎても収量は戻っていなかった。それでも、ラウルが1272年の講和後にブリタニア人帰還令をガリアに出させたおかげでガリアのブリタニア人が帰還し、人手不足は解消しつつあった。

そこに、ラウルが同盟を持ち掛けてきたことで、アーサーはそれを受諾。すぐさまロタリンギアからは大量のオーツやライ麦が緊急輸入され、新しい農法や泥炭による収量の増加が始まった。
ラウルは支払いを貨幣ではなく、加工前の銀そのもので代用してくれており、恐らくそのレートは、法外に高いものだったはずだ。つまり、本来ならもっと大量の銀で支払うべきところ、少量の銀による支払いで済ませてくれていたということだ。

ロタリンギアはその銀を貯蔵し、のちに貨幣刷新と取引所の創設による貿易量増加でロタリンギア銀貨が流出しすぎて枯渇しないようにしていたのだろう。ただの善意ではなく、合理的にすべてを有効活用していた。

アーサーたちではどうにもならなかった惨状は、たった1年で見違えるほど改善し、今では安定して食糧供給が可能になっている。ロタリンギアとの貿易も均衡がとれるようになってきた。


「君が手配したブリタニアへの支援は、単なる同盟の証ではなく、飢饉が慢性的に発生する状況に陥っていたブリタニアの人々が自分で立て直せるようにするための、具体的な策だった。君は、ロタリンギアのための同盟ではあれど、ブリタニアの人々のことを第一に思ってくれた」

「フリジアも似たような状況だったからな。どんな惨状かは想像がついた。想像がついたからこそ…見て見ぬふりは、できねぇだろ。衰弱する子供を抱きかかえて途方に暮れる母親も、痩せていく家族を見るしかない父親も、好物を知らないままこの世を去る子供たちも。どんな時代のどんな国にも、いてはいけないんだ」


そう言ったラウルの横顔はどこか現実離れしているかのような綺麗なものであるのと同時に、この場所ではなくどこか、それも突拍子もないほど遠いどこかを見ているようだった。その視線の先には、物理的にはルーラ川の平野が広がっているけれど、見ているものはまったく違う世界なような気がした。


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