chapter. 11−18
「ボイオハイム公国、ダキア公国の防衛体制はどうなっていた?」
「俺が最後に把握したところでは、ボイオハイム公国の方は密かにポルスカからシレジア奪還に向けて軍事力を強化していたと記憶している。ダキアもパールスのルメリア半島侵攻を懸念して軍事力を高めていたはずだが…どちらも、今回の進軍は想定外だろう」
「であろうな。特にボイオハイム公国は、自分が侵攻されることなど夢にも思わなかったはず。明日までにブルニエが落ちて、ヴィエンナや
プレスラヴァブルクが包囲されかねない。アヴァールの機動部隊も、明日までにウィミナキウムを陥落させるかもしれんな」
ジークは魔法や腕っぷしこそ人並みだが、王族として、勉学には励んできた。当然、地図を頭に浮かべて、これがどれほど信じられない出来事かを理解する。
そもそも、ゲルマニアがロタリンギアの国境を越えたのは今日の朝だ。そして、連合王国やアヴァールがゲルマニアに侵攻してきたのは、報告を受けたのが夕方の今であり、最も早い魔法部隊の伝令兵が半日かけて国境を端から端まで移動できることから、ゲルマニアの侵攻とほぼ同時に国境を侵犯したと考えられる。
「…そうか、ロタリンギア王は転移魔法で直接、ポルスカ大公やアヴァール王に侵攻を伝えたのか」
「当方もそう考える。ルーラ川戦線では新ラバルム帝国…失礼、エトルリアの兵が確認されている。国境を越えられず、船での移動も現実的でない今の状況では、ロタリンギア王が直接兵士たちをエトルリアからロタリンギアに運んだのだろう」
まさか王がそこまでやるとは、というのが正直な感想だ。一方で、極めて効率的で合理的な手段だとも思う。転移魔法の最大の利点は、時間という不可逆的なリソースを最大限に活用できるということだ。
本来、侵攻から早くとも3日はかからないとポルスカ大公たちも動けなかったはず。その3日でロタリンギアの深いところまで突入できた戦線もあっただろうが、背後をこうしてすぐに取られてしまった。しかも、今この時点で東部戦線がどこまで国内への侵入を許しているのか分からない。
「どうするシグルド。俺たちがここで膠着状態になっている間、恐らくヴィエンナは保たない。ヴィエンナかプレスラヴァブルクが落ちれば、ゲルマニアの物流は東西で完全に分断されてしまう」
「そうだな…」
ジークフリートもシグルドも冷静に考えている。動揺している様子はなかったが、状況があまりに悪化していることへの懸念で眉間に皺が寄っていた。
そこに、ざわざわと動揺している兵士たちの合間を縫って、威圧感のある老齢な人物がつかつかとこちらにやってきた。
「何を迷っておられるか!」
「
ボイオヴァリア大公…」
シグルドは嫌そうなそぶりまったく見せずに応じたが、ジークには一瞬、面倒な人物が来たというため息をつきそうになっていたのが見えていた。ジークフリートはやや露骨に困ったようにしている。
ゲルマニア王国において、大公の座はフランコニア大公とスウァビア大公の他にもう一つ、ボイオヴァリア大公がある。フランコニア大公とスウァビア大公が王家の人間で交代されるのに対して、ボイオヴァリア大公は西ラバルム帝国時代から脈々と続く由緒ある家系が世襲している。そのため、ゲルマニア王家との血縁関係もあり、魔法も非常に強く、国内では王室の次に影響力を持つ。
しかも、ボイオヴァリア大公は極めて保守的な人物であり、パンノニアとダキアを併合しようと主張したのも彼がルートヴィッヒ6世に説得したからだ。
ルートヴィッヒ6世もボイオヴァリア大公もかなり年を召していて、いつ亡くなってもおかしくないのだが、その気品と覇気は衰える気配がない。
「若輩のロタリンギア王にここまでしてやられ!さらには東の劣等国にまで侵攻されているのですぞ!すべてを駆逐することが王室の務めでしょう!」
シグルドはジークフリートに代わって大公に応じる。