chapter. 11−19


「とはいえ、ボイオハイムとダキアが明日まで主要都市を守れるとは思えん。すでに両国は落ちたと考えるべきだろう。となれば、東部はもはや外交で解決することが最も近道と考える」

「何を甘いことをお考えでおられる!蛮族の国アヴァールも、二等国家ポルスカも、ゲルマニアの領土を狙っているに違いない!ロタリンギアも喪失した領土の回復のためにゲルマニアとの戦争の口実を作り、ブリタニアやポルスカ、アヴァールなどという外患を聖なる西ラバルムの土地に誘い込んだのです!長期戦になってでも、すべての国に報復するべきでしょう!」


捲し立てる大公の主張は、ある程度、事実だろうとジークは思う。実際、ロタリンギアは鮮やかなまでに大同盟を構築し、軍事的にも経済的にもゲルマニアを包囲した。特に、経済的なゲルマニアの排斥は、この戦争でも武器や資材の調達を難しくし、王室財政を圧迫している。


「…ロタリンギア王は、一貫して王国の維持と、ロタリンギアが戦場となることを避けるために動いている。それは当方が責任をもって真実だと主張しよう。ゆえに、こちらがやめれば向こうも止まるだろう」

「なに!?」

「それに、そこまでおっしゃるのであれば、大公、あなたがオストマルク((オーストリア))公とともにボイオハイム防衛に回っていただけるか」

「な…っ、」


シグルドの言葉は現実的だ。ボイオヴァリア大公領もイステル川流域に位置しており、川を下ればオストマルク公領の首都ヴィエンナに至る。陸路で北に向かえばボイオハイム公領の首都カスルギスだ。むしろ、フランコニア大公とスウァビア大公がこうしてロタリンギア戦線に注力している今、最も大きな戦力を動かせるのはボイオヴァリア大公である。


「こ、このボイオヴァリア大公国にボイオハイムなどという異民族領域の守護をせよと!?我々はゲルマニア王権領域の外壁ではないのですぞ!」

「ならば口を慎められよ。当方は陛下より、本戦争の全権を預かっている。主張があるなら自ら軍を率いて王国の防衛に努めるものだ」

「く…っ、若造が…」


大公は苦々しくそう言うと、荒々しく部屋を出て行った。ゲルマニアの中でも最高レベルの実力者を怒らせるのは得策ではない。シグルドの珍しいやり方にジークは思わずシグルドを見上げてしまう。


「…どうしたジーク」

「いや…珍しいな、あんな言い方。兄上なら丸く収めることもできただろうに」

「…そうだな。だが…当方にも、意地を通すべき場面があると気づかされた」


微笑んで答えたシグルド。こういう表情をするときは大体、妻ブリュンヒルデのことを話すときだが、それとも少し異なる趣だ。いったい誰のことを考えているのだろう。


「なんにせよ、この戦争は早々に手を打つ方が得策だと考える。ロタリンギアに時間をかければかけるほど、東部の戦況は絶望的になっていく。このまま東部との物流が止まれば、冬は飢饉になりかねん」

「俺も同意見だ。ロタリンギア王は相当、ポルスカ大公とアヴァール王との信頼関係を構築したらしい。ブリタニアと新ラバルムがここまで手を貸していることからも明らかだ。俺たちゲルマニアは…周辺国を軽んじすぎていたのかもしれないな」


シグルド、そしてジークフリートはもう、この戦争に勝利して終わることが難しいと初日である今日の段階で結論付けていた。あまりに、敵は情報の共有スピードが速すぎたため、もうゲルマニアは手の打ちようがないほど、東部で攻め込まれてしまっていた。
もちろん、このままロタリンギアに火力を投下し続けてチキンレースになることもあり得る。しかし、それでは肥沃なロタリンギアと貧しいゲルマニアでは基礎国力に差がありすぎた。

兄たちと両親はラウル王を見たことがあるが、ジークは一度も会ったことがない。決して大国ではないにも関わらず、人口にして4倍以上のゲルマニアに対して戦争を優位に進めて見せたのだ、きっと恐ろしく頭の切れる人物なのだろう。

ジークと同い年だと聞いているが、あまりに遠い存在だ。
そう思いつつ、すでに敗戦の気配が漂い始めて空気が重くなった貴賓室に、ため息をすんでで我慢した。


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