chapter. 2−6
次こそ本当に呆けた声が出た。素っ頓狂な叫び声をあげなかったのは、驚きすぎて言葉にならなかったからだ。
「い、いやいや…曲がりなりにも、ウェスティア世界の王でしょうよ…」
「そのくらいの教養、この地域の農民にはないはずだ。さすが、一人でブルトン攻め部隊の6割を滅ぼしてみせた傭兵ってとこか」
「……まぁ、こんな一瞬で目の前に来たってことは…瞬間移動、とかが魔法ですかねぇ?そんな大層な魔法が使えるなら、確かにラバルム皇帝家の血筋でしょうよ」
「理解が早くて助かる。さて、俺から提案だ」
王子ラウルは檻の前でしゃがむ。膝こそつかないが、そもそも王子がこんな視線を低くすること自体があり得ない。
本当にこいつはロタリンギアの王子なのかと疑いたくなるが、瞬間移動という魔法を持っているのだと暗に肯定されてしまえば、その力の強さ・異常さは皇帝の血筋でなければ説明がつかなかった。
「俺と一緒に、ロタリンギアに来てくれないか」
「ロタリンギアで処刑です?それとも解剖?」
「いや。俺の私兵として、ロタリンギア王国内で暗躍してほしい」
「……驚きが連続しすぎて、夢でも見てる気になってきたんだが…?」
ロビンはもはや、突拍子もないことが続きすぎて自分の常識を疑う。確かにラウルが言った通り、裏工作のためにロビンはただの農民や孤児ではありえない知識や教養水準を持っている。
それでもやはり所詮は傭兵、自分がおかしいのかと思いたくもなる。
「大丈夫、俺は自分がやばいこと言ってる自覚はある」
「いやあるんですかい…はぁ、マジでオタク、ちょっとおかしいんじゃねぇっすか?」
「なりふり構わっていられないからな。さて、そろそろ決めてほしいんだけど」
そろそろ外から見回りが入ってくるころだ。いくらラウルといえど、まさかロタリンギア王子がこんなところにいるなど信じてもらえるわけがないため、いたずらに兵士と会いたくないはず。
ロビンは一瞬だけ迷ったが、すぐに答えを出す。どうせ、ここにいても死ぬだけだ。
「…いいですよ、よく分かんねぇけど、ここで死ぬよりマシっぽそうだ」
「そりゃよかった。刺激には困らないと思うぞ。じゃ、手を出せ」
ロビンは言われるがまま、檻の鉄格子の隙間から手を出す。ラウルは躊躇なく、その汚い手に触れた。
直後、ロビンの足元にはひんやりとした大理石があった。
「……は?」
「ウェスティアの中心・メティスにようこそ」
笑いもせずそう言ったラウルの言葉に偽りはない。
見渡す限り、上等な大理石が敷き詰められた空間はどうやら湯浴み場のようで、壁面や柱は豪奢に装飾され、良い香りのするお香が焚かれ、温かい湯が大きな浴槽に満ちており、金や銀、宝石で飾られた手桶などが置かれていた。
湯気の満ちる広い湯浴み場をポカンとして見上げるロビンをよそに、ラウルはテキパキと動く。
「替えの服はそこの台に置いておく。もともと着てる服は、いらないものは捨てるから、残したいものは言ってくれ」
「…いや、いやいやいや。ここ、まさか、メティス宮殿の湯浴み場です!?」
「あぁ。安心しろ、後宮区画の俺専用の場所だから誰も入ってこない」
さすがのロビンも卒倒するかと思った。
王家の人間しか入れない場所の湯浴み場ということは、王家の血筋だけに許された空間であるということだ。
歴代ロタリンギア王だけでなく、その前身である西ラバルム帝国の皇帝すら使っていた宮殿である。
「ぜってぇおかしい!」
「おいやかましいぞ傭兵」