chapter. 2−7


そこに、新たな声がかけられる。
湯気の中、湯浴み場に入ってきたのは、ゆったりとした綿生地の白いシュミーズに黒いコットだけを羽おり、腰でしっかり止めたラウルと同じくらいの少年。美しい金髪に青銅の飾りをつけていた。
グラエキア系の顔立ちだ。


「悪いなカストロ、変なこと頼んで」

「まったくだ。我らだけいればいいだろう」

「適材適所ってだけだ。俺はこれからガリアの将軍を論破しなきゃならないから、先行くぞ」


カストロはラウルに対してかなりラフな、というか失礼な態度をしているが、ラウルは意に介さず湯浴み場を出て行った。代わりに、カストロと呼ばれた少年がロビンを見下ろす。
まったく興味がなさそうで、「やるべきこと」という概念でしかロビンを見ていないような視線だ。


「我が名はカストロ、古く貴きグラエキアのアルカディア王家にいた元王子だ。フリギアとの戦争の折、故国を離れロタリンギアに辿り着き、ラウルに保護された。今はお前と同じ、ラウルの私兵だ」

「さすがにグラエキアは名前しか知らねぇが…まぁ、よろしく頼んますわ。俺も何が何だかわからねぇけど、ラウル王子に呼ばれて気が付いたらここにいた」

「あいつは意外とそういうところは雑だからな」


ふっと小さく笑い、カストロは優しい声音でそんなことを言った。この少年がどれだけあの王子を大切に思っているのかよくわかる。


「貴様の世話など焼きたくないが、これもラウルの指示だ。多少手荒だが許さなくていいぞ、不要だ」


しかしそう言うなり、カストロは思い切りロビンの首根っこを掴むと、湯舟に放り投げた。どんな腕力だ、と思ったのもつかの間、ロビンは顔からお湯の中に突っ込む。
息は止めていたため水が入ってくることはなかったが、湯舟から顔を出し、さすがにカストロをにらみつける。


「いや雑なの人のこと言えねぇっしょ!?」

「湯は入れ替えればいいだけだからな、適当に浸かってすべての汚れを落とすといい。貴様も理解していようが、ここは華のメティス宮、その後宮だ。間違っても、ブルトンの汚れを持ち込むなよ。ラウルは今頃ルテティアに転移しているだろうが、帰りまでに身を整えていろ」

「…あの王子様はいったいガリアで何を?つい最近、ロタリンギアから領土をぶんどった後でしょうに」


カストロは少し意外そうに湯舟のロビンを見下ろした。大方、それくらいは知っているのか、という意味だろう。服を着たままお湯にぶち込まれたため、ロビンは外套やブーツを湯の中で脱ぎながらカストロの答えを待つ。


「…なんでも、ブリタニア人の帰還令をガリア王に出させるらしい」

「なんだそれ」

「俺にも意図は不明だが、ブリタニア人がガリアに取り残されることで、差別され反乱分子となり再びブリタニアとの戦争を引き起こす火種になる、という理由らしい。それは理解できる。確かにブリタニア人がブルトンやアキタニアに残り続ければ、軋轢を生み、やがてその者たちがブリタニアの上陸を手引きするやもしれん」

「でもそれ、ロタリンギアにすりゃ願ったりかなったりだろ。どさくさ紛れに奪われたプロウィンキア((プロヴァンス))とか取り返せるでしょうし」


つい最近、ガリア戦争終結に前後して、ガリア王マルテルはロタリンギア王ルータール8世からロタリンギア西部の土地を強引に継承させた。プロウィンキア公国に始まり、ブルグンディア((ブルゴーニュ))、ロンバルディア、サウォギア((サヴォア))など豊かな地域を相次いで奪われたことで、今やロタリンギアはアルム((アルプス))山地の北側に細くガリアとゲルマニアを隔てるだけの国となってしまっている。
かつて、ガリア戦争から戦間期200年を置いて昔、ブリタニア戦争のときはロタリンギアがガリアのために立ち上がり国際的な援軍を送ったというのに、まるで恩を仇で返すようだ。
それを許したラウルの父王ルータール8世は、別名「惰弱王」と称されているそうだ。

ロタリンギアにとっては再びガリアで混乱が起こった方がよさそうなものだが、ラウルはあえてそれを防ぐためにルテティアに赴いているのだという。

カストロは少し考えてから、踵を返しつつ口を開く。


「…大方、ブリタニア人がガリア国内で差別され、人々が苦しい思いをせず、貧困や飢餓で死人が出ないようにするためだろうが」

「……ただの善人か何かか?」

「バカめ。善人ではあろう。だがあれは、ただの善人ではない。才ある王だ」


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