chapter. 11−24


もはやここまで東部を占領されてしまえば、ゲルマニアは軍事力でポルスカとアヴァールを放逐することは難しい。
なぜなら、ヴィエンナは東アルム山脈とカルプ山脈がイステル川で隔てられる狭い平野部にある大都市であり、ここを占領された以上、ゲルマニアが占領地を奪還するにはヴィエンナで戦うしかない。大軍で東アルム山脈を超えることはできないし、ボイオハイム公国は全域が占領されているため、回り込めるルートは存在せず、占領地に至ることができるのはヴィエンナだけだ。
つまり、こちらは面で支配しているのに対して、ゲルマニアは一点のみでしか戦うことができない状況なのである。当然、こちらが防御の上では有利となる。

この状況が長引けば長引くほど、ゲルマニアは東部方面の主要街道もイステル川も閉鎖され続けることになり、ミクラガルズとの交易が停止し経済に甚大な影響が及ぶ。
ゲルマニアは外交によって迅速な状況の打開を図るしかなくなるだろう。


「…ラウルはすげぇっすね。戦争を単なる戦闘の連続じゃなくて、外交や経済を含めて多角的に捉えて、武力以外も使って戦ってる」

「そうだな。僕もその点、ロタリンギア王は少し異様なほどの明晰な頭をしていると思う。でも、頭の良さだけでなく、価値観とか、性格とか…まぁ、人柄ってやつが、この同盟国の成立を助けたんだろ。あんたもその一人じゃないのか」

「えっ」


カドックは少し面白そうな色を浮かべた表情をしている。
ラウルの人としての性質に起因して大同盟が構築された。それはマンドリカルドも同意だ。そして思い返せば、自分も決断の後押しになったのはラウルの言葉だったと思い至る。


「…いきなりトミスにラウルが突撃してきたとき、最初は同盟の必要性を論理的に説明されたっす。でも、俺が蛮族の国にそんなんしていいのかって聞いたとき…他のものを貶めないと優位に立てないものならそれは偽物だって。俺たちがずっと大事にしてきたものなら、自分の根本を構成するのなら、それはちゃんと本物だって、そう言ってくれたんすよ」


そんなことを言われたのは初めてで、そして同時に、自分が無意識にウェスティアの文化と自分たちの文化を比べていたことにも気づかされた。
自分たちは遅れているからウェスティアの国のようにならないと、とマンドリカルドはずっと無意識に思っていたのだろう。

ラウルはマンドリカルド以上に、アヴァールの文化と歴史に敬意を示してくれていた。だからこそ、自分たちはこれでいいのだと、卑下する必要はないのだと思えるようになった。


「想像に難くないな。僕だって実際に会うまでは野蛮な国だと思ってたさ、いきなりベッサラビアに加えてオデソスまで奪ってったわけだし」

「それは否定できぬぇ〜…」

「でもラウルはそういうことじゃなく、アヴァールの人々にとって大事なものなら、何かを比べる必要なく、それだけでいいんだって言ったわけだ。誰よりも人として人を見てるやつだけある」

「人として人を…」

「国民の命や生活が守られるような国、あるいは国際社会にしたいというラウルの願いの結果が、この大同盟であり、あっけなく終わろうとしている戦争の結末だ。あいつは、王として努めながら、そこらの農民と同じ人間だと自覚してる。だからこそ、戦争で犠牲になる人々に同苦できる。その共感があるから、命や生活を守るということの本当の意味と意義を理解してるんだ」


同じ人間だからこそ、感じるものも同じであるはずで、そしてそれこそが、ラウルがここまでして大規模な戦争を回避しようとした原動力になっているということだ。
あの聡明な頭脳の裏に滲む、優しさと誠実さ。彼のために1万もの軍を動員してでもゲルマニアに乗り込んだのは、マンドリカルドもそういうラウルの側面に惹かれているからなのかもしれない。


「あー…いやでも、競争率っつか、競争相手えぐすぎっすよね…?」

「ブリタニア王、ガリア王、新ラバルム皇帝か?加えてロタリンギア国内の過保護な忠臣たちが待ち構えてると。まぁ…応援はしてやるさ、同じオスティア国家の仲だしな」

「無理無理無理!ぜってぇー無理っす!!」


マンドリカルドが慌てて言えば、カドックは珍しくおかしそうに笑った。いつも疲れているような様子だが、こうして笑っていると年相応に見える。
こんな気兼ねない会話を、それもあの大国ポルスカに同じオスティア国家だと認めてもらえている状況になれたのは、まさにラウルのおかげだ。
周辺国を害するつもりがないのにそう思われていたマンドリカルドが、高モエシアやイリュリアとともに同じ作戦に参加し、オスティアの大国の大公とこうして語らっている。こんな縁をくれただけで、一生かかっても返せない恩がラウルにはある。

きっとそれを恩に感じる必要はないとラウルは困ったように笑うのだろう。なんだかそれが見たくなってしまって、マンドリカルドは慌てて内心で自制した。さすがにラウルを巡って世界大戦など笑えない冗談だろう。


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