chapter. 12−4
「まずは、一方的に国土を侵害されたロタリンギアから、今回の戦争による被害額の算定結果を共有する。そして、その金額に相当する賠償を金銭的・非金銭的に支払ってもらう。配分はゲルマニア王国、カンパニア公、アンデシア公、ガリア王国それぞれの財政で決めてもらっていい。なお、支払いはすべてロタリンギア銀貨を基準とし、各通貨の相対価値は9月1日時点の実績に基づくものとする」
今回の講和条約では、まずロタリンギアに対する補償と、その他の同盟国による要求という名の報酬に議論が大別される。ロタリンギアに対する補償は現金だけで行えるものではないため、様々な形が取られることになり、それに応じて同盟国の要求を検討してもらう。
「この戦争でロタリンギアが被った損害は、ロタリンギア貨において、7億4044万9760デナリウス。ソリドゥスでは6170万4146ソリドゥスにあたる。詳細は計算書を見てくれ」
ラウルがそう言うと、侍従長と執事長が羊皮紙を各王たちに配っていく。そこにはこの金額になった内訳が事細かに記載されている。
通常、このような極めて細かい勘定は、中世はおろか近代の戦争でも行われてこなかった。これは単に、ラウルが話を早くするための根拠として持ってきたものだ。
この途方もない天文学的な値のうち、最も幅を取っているのは犠牲者、すなわち人的被害の補償だ。
ロタリンギアの死者5150人は、99%が兵士であり一般市民はほぼ犠牲になっていない。そのため、すべての補償をロタリンギア兵の生涯給与として計算する。ロタリンギア兵の日当は16デナリウスであり、これはロタリンギア国内の低熟練労働者の日当8デナリウスの倍にあたる。軍では、元の世界と同じように、労働日は一週間のうち5日であり年間240日としている。この先30年は生きていられたと仮定して、日当16デナリウス×240日×30年で生涯給与は11万5200デナリウスとなる。
それが5150人分のため、合計5億9328デナリウスだ。
1デナリウスでライ麦パン1週間分が購入できるため、1137万年分のライ麦パンが購入できる金額に相当する。
そのほか、住居補償は一戸あたり5万デナリウスが1009戸で5045万デナリウス、インフラ復興は都市あたり200万デナリウスが7都市で1400万デナリウス、家畜補償は羊28頭・馬161頭・牛122頭それぞれの種の市場価格をかけて合計26万6760デナリウス。
経済損失の補償は一日あたり100デナリウスが5日間で500万デナリウスで、軍備補償は馬や船、兵器・装備品、馬車などの補填で合計3625万8000デナリウス、農地の復興に要する費用は1世帯あたり5000デナリウスとして935世帯のため467万5000デナリウスとなっている。
そして、敵軍が侵攻した土地の集落などで襲われ、様々な暴行を受けた人々、とりわけ性的暴行を受けた女性たちの支援を含め、一人あたり1万デナリウスとして申告があった被害者3652人分の合計3652万デナリウスが加算されていた。
デナリウスの上の通貨であるソリドゥスでは6170万4146ソリドゥスとなるが、1ソリドゥス貨が4.2グラムの銀貨のため、銀塊では約259トンに上る。
ゲルマニア最大の銀山群で1年間に採掘された最大の量が概ね2300トンほどであったため、銀塊として考えればそう多くないように見える。しかし、これだけの額をすぐに用意するというのは不可能だ。
何より、単なる銀塊としてすべてを提供されてしまうと、逆にインフレになってしまう恐れがある。
「このうち現金による賠償金は、すぐに必要な住居補償、インフラ復興、家畜補償、農地補償、被害者救済の費用として1億591万1760デナリウス…882万5980ソリドゥスでの支払いを求める。残りは金じゃない形で支払ってもらう」
「む、無茶苦茶だ!なんだこの法外な数字は!」
たまらず叫んだのはカンパニア公だ。当然、地方の公が支払える金額ではない。
「だからガリア王がいるんだろ。2公国の財政許容額を超える分については、責任を取ってもらうため、ガリア王室が負担する。そうだな、シャルル」
いくら公たちの独断と言えど、そのうえに立つのはシャルルだ。王として、カンパニア公とアンデシア公の支払い能力を超える分は王室が肩代わりすることになる。
もちろん、それは公たちにとって王室に借りを作ることになるため、自由な政治を行う上では避けたい事態だ。
「…その通りだ、ロタリンギア王。此度の戦乱、俺にも非がある。公らの財政能力を超える分は、王室が責任をもって支払おう」
シャルルはその紅の瞳を燭台の明かりで光らせつつ頷いた。
戦争初日、自分の選択した結果によって生じた犠牲者に耐えかねて、ラウルは夜分にも関わらずルテティア宮殿に転移してシャルルを頼ってしまった。
ロビンも同行してはいたものの、シャルルと二人きりになることを選び、随分と情けない姿を見せてしまったものだ。
敵軍にも死者が出ていることを心苦しく思って、しかしそれをロタリンギアのために戦ってくれている人たちにはとても言えなくて、そんな中で唯一頼ろうと思えたのがシャルルだった。
シャルルがこの戦争で中立でいてくれたからこそ、ラウルはその胸元に凭れることができたのだ。
今も、この講和会議でラウルに協力的でいることを示してくれている。カンパニア公たちはシャルルを悔しそうに後ろから睨み付けていたが、シャルルは背後からの視線などものともせず泰然としていた。