chapter. 12−7
ラウルの号令で全員、様子を見ながら立ち上がり、この30分を過ごす相手を探す。この休憩の意図を全員が理解していた。
シグルドはシャルル、アンデシア公とカンパニア公を伴って大広間を出ていき、イリュリア王と高モエシア王の二人、ルシタニア王とバエティア王の二人も地理的に近いことから意見を一致させようと外に向かった。
一方、アーサーやルキウス、カドックはまだ意見を交わすフェーズではないと判断したようで、文字通りの休憩をしに大広間を離れた。
そして残されたのは、円卓の騎士やカストロたちロタリンギアの人間のほか、ラウルとマンドリカルドだけとなる。
極めて気まずそうにしているマンドリカルドを見かねて、ラウルは立ち上がってマンドリカルドに声をかける。
「悪い、マンドリカルド。ちょっといいか」
「え、あ、はいっす!」
マンドリカルドは慌てて立ち上がり、ラウルとともに大広間を出る。
大扉を出ると、陽光の差す豪華な廊下に入り、ふかふかのカーペットや金銀で装飾された柱、精緻な彫刻の施された窓枠と美しい庭園が出迎える。それをしげしげと眺めるマンドリカルドを後ろに連れて少し歩くと、適当な応接室に入り控えていた使用人に声をかける。
「この部屋使うぞ」
「は、はい!何かお、お飲み物などお持ちしますか…!?」
「じゃあチェリー酒頼む。あとアーモンドのドラジェもいいか」
「承知いたしました!」
若い女性の使用人は緊張を全面にして答え、深々と礼をして退室した。新人というより、ロヴェン宮殿からヘルプでやってきているのだろう。普段、コンスタンティノスより上位の人間と会ったことはなく、ましてやロタリンギア王は初めてとなれば、緊張しても仕方ない。
ソファーに腰を下ろすと、対面のソファーにマンドリカルドも座る。落ち着かなさそうにしているのは、部屋が豪華すぎるからだろうか。
「メティス宮殿は初めてだよな。居心地悪いか?」
「い、いや!そんなことは!」
「正直に言っていいぞ。俺もレッツェ城の方が落ち着くし」
「…まぁ…俺も、レッツェ城の方がいいと思うっす」
以前、マンドリカルドがロタリンギアにやってきたときはロヴェン宮殿で会談を行った。また、ルキウスと秘密裡に協議するためにレッツェ城にも転移していた。
今回メティス宮殿はこれが初めてとのことだが、やはりこの宮殿の豪華さは別格だ。
「本当はさ、トミス宮殿にあったアヴァール人の伝統のタペストリー、俺も欲しかったんだよな」
「え…っ!?ここには合わないと思うっすけど!?」
「や、飾るとしてもレッツェ城の私室な。さすがにメティス宮殿は接遇で使う場所だから、俺の趣味で飾らない」
「あ、あぁ…そうっすよね。でも、レッツェ城だって俺からすりゃ十分豪華だったんで…」
「まぁ、合ってなくても欲しいってのは変わらないし。蒐集欲だな。それに、前に戴冠式で公式訪問したときも、ウェスティア料理だっただろ。俺はバリバリにアヴァール料理期待してたのに」
アヴァール王国を承認するための戴冠式でトミスを訪れた際、トミス宮殿の人々はラウルのためにウェスティア風の料理でもてなしてくれた。もともとトミスは東ラバルム帝国の要塞だった場所であるため、文化的には確かにアヴァール風のものではない。
それでも、ラウルとしてアヴァール料理が食べたかったのだ。日本人だった頃の味覚の記憶が、アジア系の料理を欲していた。
「ええ…こんだけの規模の会議開催しておいて、アヴァール料理食べたいとか…」
「…変だったか?」
ラウルが尋ねると、マンドリカルドはぶんぶんと首を横に振る。
「まさか!意外だな、とは思うっすけど。それに…うん、そうやって関心をもってもらえるのは、純粋に嬉しいもんっすね」
へら、と笑ったマンドリカルドはようやくリラックスできたようだ。もちろん、ラウルの言葉はすべて本心だが、先ほども緊張からか、あまり主張しようとしていなかった。
「…前も言ったけど、アヴァール王国はもう蛮族の国なんかじゃない。俺からすりゃ、蛮族も何もなかったけどさ。今は他国にとってもそうだ。だから、ちゃんとアヴァール王国として、ゲルマニアにしかるべき要求をした方がいい。自分からナメられるようなことして卑下するような国でも文化でもないんだからな」
じっとマンドリカルドを見つめて言えば、マンドリカルドはふっと小さく微笑む。いつにない表情に、こちらが驚いてしまった。
「あんたは、変わらねっすね。俺たち以上に、俺たちに敬意を持ってくれている。信じてくれている。だから、俺はあんたのために戦った。正直、ゲルマニアに要求なんてねぇし、わりとどうでもいいんすけど…ラウルのためにも、俺も王様っぽいこと、やってみるっすよ」
「…そっか。てか、それだとゲルマニアへの要求より、俺がなんかした方がいいか?戦ってくれた礼として」
「はは、それ本気なんだったら、俺はあんたとの関係を要求しますよ。いいんすか?」
マンドリカルドはその言葉とともに、妖しげな表情で立ち上がるとラウルの頬に手を滑らせた。いきなり近づいた距離に肩が跳ねる。ルキウスやシャルルは分かりやすく伝えてくれていたが、マンドリカルドは今までそんな素振りがなかったため不意打ちもいいところだ。
「困ってるっすよね。申し訳ない気持ちはあるっすけど、やっぱかわいいなぁ、としか思えねぇっていうか」
「な、な、そういう話だったか…!?」
「そういう話にしてもいいんすよ、ってことです」
「や、やっぱいい…」
「ふは、まぁそれが賢明っすねぇ」
そこに、ちょうど扉がノックされる。使用人が飲み物とお菓子を持ってきてくれたようだ。
マンドリカルドも逃げ道をくれたためなんとかなったが、迂闊なことは言うものではないと、ラウルはいまだにバクバクと言っている心臓をなだめながら、使用人に応じた。