chapter. 12−10
いったん今日の会議を終えて解散となるが、シグルドは都市ごとの関税実績表をもとにどの都市を対象とするか計算するため、早々に宛てがわれた宿泊区画に戻った。
シャルルはアンデシア公、カンパニア公との打ち合わせのために応接室に籠り、高モエシア王はマンドリカルドとの協議をしに同じく二人で応接室に向かった。
ルキウスはイリュリア王、バエティア王との話し合いに向かい、カドックとルシタニア王はそれぞれの宿泊場所に帰る。
「ラウル、少しいいかな」
「あぁ」
そしてアーサーはラウルに話があるようで、二人で大広間を出る。ラウルは先ほど使った応接室に入ると、同じ使用人に残してもらっていたチェリー酒とドラジェで場を整えてもらう。
恐縮しきりの使用人を退室させて二人きりになると、アーサーはなぜか、ラウルの左隣に腰掛けた。
「…なんでわざわざ隣に座んだよ」
「ダメかい?こちらの方が同じ書類を見られるだろう?」
確かに、まだアーサーの手元には関税実績表がないため、書記官たちが急いで用意するのを待つ必要がある。向かいに座るより、ラウルの手元の書類を見た方が早いというのは一理ある。
「…ま、いいや」
ラウルは食い下がることはせず、行儀悪くソファーのひじ掛けに足を乗せるようにして姿勢を崩し、背中からアーサーに凭れた。ソファーに横になるようにしてアーサーを背凭れにする姿勢は、とてもじゃないが王として他人に見せられるものではない。
しかしアーサーは特に気にした様子もなく、ラウルの前に腕を回して緩く抱き込みつつ、ラウルが持っている書類を後ろから見つめた。
「…やはり、ロタリンギアとしてはルペッラの自由化くらいの方が調整しやすいようだね」
「そうだな。ナネットまで関税免除にすると賠償金額を超過するし、かといってほかに削れる場所もない。金額的にはルペッラの自由化がちょうどいいのは確かだ」
ルペッラは現代フランスのラ=ロシェルにあたる都市であり、アンデシア公領の最南端に位置する海沿いの港湾都市だ。ガリア西部のアトラス海の海岸線においてちょうど真ん中あたりにあり、貿易の中継地点としてよく利用される。
特にアトラス海が荒れていて海に出られないとき、退避港として使うことが多い。
関税免除までしてしまうと金額が大きくなりすぎて補償額を超過するため、自由化という形にしている。
ここでの都市の自由化とは、都市に領主がかけている規制を最大限解除して都市の自治に任せつつ、外国の商人の参入を容易にすることを指す。例えば、ルペッラは現在、アンデシア公国ルペッラ伯領の首都だが、ルペッラ伯によって直接統治されており、都市住民自らによる政治は行われていない。また、外国商人が自らの商館を構えることや住居等の購入、外国人による契約締結、もしくはその保証なども禁じられている。
「ルペッラの恒久的な自由化によって実質的に100万ソリドゥスに相当すると試算してる。これでガリア負担分の賠償金は満額だ」
「そうか…では、やはりブリタニア王国としての要求という形で行う必要があるね」
「そうだな。ナネットの関税免除は、ロタリンギアでやると賠償金を超えるけど、ブリタニアに対して行うならロタリンギアには程よいうまみって感じだしな」
ナネットはガリア西海岸で最大の都市であり、最大の交通の要衝であるオーレリアを流れるリゲリス川の河口に位置する港湾都市だ。フランスのナントにあたり、リゲリス川はロワール川のことである。
オーレリアまでリゲリス川の船運で運び、オーレリアからは陸路でルテティアやメティスまで直通する大街道に入ることができる。この大街道はさらにドームヒューゲルやヴァルソヴィアまで続き、遠くオスティアの果てであるメルゴーまで到達する。
この街はガリア商人が最も使用するものだったが、ガリア戦争以前はブリタニアも頻繁に使用していた。現在、ガリアの港湾はすべてブリタニア商船の入港を禁じているが、それを再開させれば、ナネットはブリタニア商人がガリア商人に次ぐ関税納税者になるだろう。