chapter. 12−12


その後、ブリタニアとゲルマニアとの間の交渉事項と、明日の関税交渉とを擦り合わせたところで、アーサーとの議論は終わった。
途中、使用人からルキウスが待っている旨を報告されていたため、アーサーは名残惜しそうに、かつ心配そうにしながら応接室を出て行った。

少しして、乱暴に扉が開いてルキウスがずかずかと入ってくる。


「待ちくたびれたぞ」

「…お前さ、扉の開け方、知らねぇの?」

「分からんから教えを乞いたいものだな。手取り足取り腰取り」

「……なんか、お前だんだん親父臭くなってきた?」


エロ親父のようなことを言うため、ラウルは呆れて軽く言ったが、ルキウスはなぜか衝撃を受けていた。


「な…ッ、貴様、俺が、おや…っ、」

「効いてるじゃん」

「無理矢理がお好みならそう言え、手酷く抱いてやる」


ルキウスが青筋を浮かべたところで、ラウルはからかうのもそれくらいにしておき、チェリー酒のボトルを示す。飲み物や軽食が必要であれば、先に使用人に頼んでおきたい。


「そんなことより、チェリー酒でいいか?」

「…なんでもいい」


大方、ラウルの切り替えの速さに呆れているのだろう。さすがにルキウスとのこうした会話にも慣れたため、最初のころのような動揺はほとんどなくなった。ただ、たまにルキウスが不意打ちで仕掛けてくる口説き文句はわりと効いているため、実はイーブンな勝敗だと思っている。

ラウルの右側にどかりと腰掛けたルキウスのグラスにチェリー酒を注いでやってから、ラウルは金の盃に盛られたドラジェも示す。ちなみに、このドラジェは蜂蜜と砂糖でコーティングしたアーモンドのお菓子だ。


「ドラジェも用意してあるけど、なんか食うか?」

「いや、いい。じきに夕餉だろう」

「ん。俺、結構好きなんだよな、ドラジェ」

「…ほう?」


実はラウルが密かに気に入っているお菓子だ。元の世界にいたころ、パリで学生をしていたため、こうしたコンフィズリーはよく食べていた。多くは中世に原型が見られていたが、これもその一つだ。元の世界と同じ名前なのは驚いたものだが、基本的に食べ物など文化面ではほぼラウルの世界の歴史と同じらしい。
ドラジェは特に、フランスで食べていたころとほとんど同じであるため、元の世界を思い出せるような気がして、気に入っていたのだ。やはり、同じ味というのは落ち着くものだ。

あの頃は食はおろか、何に対しても興味や関心がなかったのに、こうして別世界に来てから初めて、ラウルは食や文化に興味を持つようになった。

ルキウスはラウルが好きだと言うと片眉を上げ、ドラジェを一つ手に取ってその大きな口に放り込んだ。
ガリガリという音が隣のラウルまで聞こえてくる。まるで獰猛な肉食獣がどんぐりを食べているかのようだ。

ごくりと飲み込んだあと、ルキウスは「甘いな」とだけ述べた。


「甘いモン食わなさそうだもんな」

「食べない、というわけではないが…まァ、好んで食うことはない」

「?じゃあなんで食べたんだ?」


別に無理しなくても、と思って聞いてみると、ルキウスはなぜかため息をついた。


「はァ…」

「え、なんだよ」

「…お前が好きだと言ったからだろう。好きなヤツの好きなものを知りたい、というのは、当然の感情だと思うがなァ」

「……なっ、」


当たり前のように言ったルキウスに、ラウルはじわりと顔に熱が上ったのを感じた。こういう、自然に感情を乗せられる言動は、正直かなり心臓に悪い。こういうときに負けたと思う。


「他には?お前の好きな食べ物や飲み物はなんだ」

「え?え、と…」


しかしルキウスはからかうでもなく、話題を続けた。ルキウスの方からこうして話を続けるのは珍しい。普段、ラウルとルキウスの間の会話は短い流れの連続だからだ。
好きな食べ物、と聞かれ、ラウルは少し考える。前の世界では思いつかなかっただろうが、今はいくつか挙げられる。

ガレットのような現代まで残っているお菓子はもちろんこと、リソルという、果実水で香りをつけたパン生地か柔らかいパイ生地を、半月状の形で揚げたり窯焼きしたりする焼き菓子も好んでいる気がする。


「ガレットとか、リソルとか。リソルの生地にさ、リンゴとかブドウ混ぜて窯焼きにしてもらうのが好きなんだよな。生地に果物の味が染みてて。冬場に温めたワインと一緒に食べる時間が特に好きだな。あと、肉にイチジクの砂糖漬けかけてパンと食べるのも気に入ってる」


ふと、ラウルは珍しく喋りすぎたかとルキウスを見上げた。様子を見ようと思っただけだったが、ルキウスは、いつになく優しい目でこちらを見下ろしていた。
いや、優しいというより、もう少しどろりとした感じがする。


「ルキウス…?」

「…あぁ、悪い。可愛いなァ、と思ってな」

「はぁ!?」

「そうしていると、王でもなんでもない、お前自身の性質が、ロタリンギアを良い方向に導いているんだと分かる」


ルキウスの視線の意味を理解して、ラウルはついに、顔が完全に赤くなっているのを自覚した。今日は本当に完敗だ。
ルキウスは悔し気なラウルを見て楽しそうに小さく笑った。


「まァ、なんであれお前の趣向は理解した。ラティウムに来た暁には絶品のエトルリア料理が毎日待っているぞ」

「…、わりとそれは魅力的なんだよな…」

「じゃあ嫁に来るか?」

「いかない。ったく、懲りないなあんたも」

「こちらのセリフだ。強情なヤツめ」


ラウルはなんとか動揺を引っ込ませると、誤魔化すようにチェリー酒を飲んでドラジェを一つ口に含み、関税表を取り出す。そろそろ本題だ。


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