chapter. 12−19
『我が親愛なるストラーズブルスの市民よ。先の戦争、協力に感謝する』
まず一言、それだけでさらに歓声が町に響く。続けて、ラウルは口を開いた。こちらを凝視する人々はそれだけですぐに自身の口をつぐむ。
『3日間に及ぶ籠城戦、とりわけ城壁が二層に渡り破壊されてもなお市街地に立てこもった3日目の戦いを、よく戦ってくれた。諸君の健闘により、この戦争において、ロタリンギアは大国ゲルマニアを同盟国とともに破り、本日、メティス条約によって、7億デナリウスに相当する賠償を払わせることで合意した』
今度はどよめき、そして喜びに沸き立つ声の連続となった。7億デナリウスという数字の大きさにまず驚いて、喜びの声をあげつつ、もはや一般市民では理解が及ばない桁に、「どれくらい多額か分からないけどとりあえずすごい」という体で喜んでいた。
『失われた家畜や損なわれた土地は、ただちに補償を開始する。詳細は市庁舎への伝達を待つように。しかし…暴力の被害に遭った者の心の傷は簡単に治らないし、戦いで失われた命は帰ってこない』
次は、さすがに人々は沈黙を維持した。ストラーズブルス攻防戦でのロタリンギアの死者は合計1100人。ストラーズブルス出身者はあまり多くないが、周辺の農村からはそれなりの数が兵士になっており、市内や周辺村落も攻撃があったため、知人や友人、親戚に死者がいる者は少なくないだろう。
ゲルマニア軍の侵攻によって暴行の被害に遭った女性や、収奪によって暴力を受けた男性、戦いで傷ついた兵士たちの心の傷だって、死ぬまで治らないこともあり得る。
『ロタリンギア王の名において、その死に、心からの哀悼を示し、敬意を表する。このロタリンギアの大地に還っていった魂が安らかであることを願う。そして、傷を負った者たちの苦しみと、遺された者たちの悲しみに、私の生涯をかけて寄り添うことを誓おう』
ラウルが何を言っても、遺族の心が晴れることはないし、ましてや亡くなった人々が戻ってくることもない。もしかしたら、なんの意味もないエゴなのかもしれないし、そうだと指摘されても反論はしないだろう。
それでも、言葉にしなければならないのだ。
『…俺は、あなたたち一人一人のことを、いつも考えている。想っている。そう、知っていてくれたら嬉しい。あなたたちが笑顔で暮らしていけるように、俺という王が在るんだ』
この戦争がなくとも、この世界では簡単に人が死ぬ。現代のような医療福祉は存在せず、ちょっとした病や怪我などで呆気なく命を落とすのが、この時代の常識だ。
そうだとしても、命の重さに変わりはなく、どんな世界、どんな時代、どんな国であっても、死んでいい人などいないのである。
『……以上をもって、此度の戦争に寄せる我が言葉とする。ロタリンギアに栄光あれ』
最後にそう締めると、わっと市民が沸き立った。諸手を挙げて、口々に叫ぶ。「陛下!」「ロタリンギア王万歳!」「王と王国に栄光あれ!」という群衆の歓声は、レーヌス川対岸のゲルマニア領にすら届いていそうだ。
また少しの間、手をあげてそれに応じてから、ラウルはテラスから廊下に戻る。
視線をあげると、なぜか執事長が涙を流していた。
「…大丈夫か?」
さすがに声をかけると、執事長は首をぶんぶん振って肯定するが、まったく大丈夫ではなさそうだ。モレーとコンスタンティノスも困惑していると、執事長は自ら話し始める。
「も、申し訳ありません…っ、しかし、私の息子の一人も、城塞で命を落として…家や土地を継げない末子でしたから、兵になるのは当然のことで、命を落とすのも当然のことと自身に言い聞かせてはいたものの…っ、兵ではなく、他の、使用人でも、ギルドへの弟子入りでも、道はあったのではと、ずっと、ずっと…!」
「…、そうか」
「しかし、陛下はその御心をお寄せくださった。この悲しみを、悲しみのまま抱いていてよいのだと、あまつさえそれに寄り添ってくださると…!だから、私は…ッ、私は、前を向けると、そう、思えたのです」
「っ、」
「ロタリンギアは良き王のもとにあるのだと、より一層、光栄に思う次第でございます」
一瞬で、ラウルの中には様々な感情が渦巻いた。戦争で犠牲を強いる結果をもたらしてしまったことへの罪悪感、自分の言葉でこの男が前を向けたことへの喜び、エゴではないかと懸念する不安、所詮は綺麗ごとだという自己嫌悪、人々が少しでも前向きに生きていけることへの期待。
相反するそれぞれの感情にバラバラになりそうだったが、ほかならぬ執事長自身が笑顔でそう言ってくれていたからこそ、ラウルは自分の足で立つことができていた。
民に救われていては世話ない、と思う一方で、そんな彼らの王でいられて良かったとも思うのだ。