chapter. 12−20
ラウルはモレーたちとともに一度貴賓室に入り、転移をすると言って他の使用人たちも下がらせた。
誰もいなくなったところで、ついに、ふらりと足から力が抜ける。
「おっと」
「陛下っ!」
コンスタンティノスは造作もなくラウルを抱きかかえ、無様に膝をつくようなことはなく、ラウルはコンスタンティノスの分厚い体に凭れる。
モレーは心配してわたわたとしていた。
「…悪い、大丈夫だ」
「一度メティスでお休みになられた方がよいのでは…」
「……いや。大丈夫、このまま回れる。それに、全部の戦場じゃない。ザブレナ、ウェサリア、ハラレム、リートネッセ、カマラクスの5都市だからな」
「しかし…」
不安そうなモレーに答えたのは、コンスタンティノスの方だった。
「すまないコンフルエンティア伯。私はラウルの意思を尊重したい。上に立つ…それも、一番上に立つ者として、痛いほど気持ちが分かる。許されるなら、私もミクラガルズの人々に直接頭を下げたいと思うほどだ」
「…、あなたがそう言うのなら…私も、陛下のご意向に従います」
コンスタンティノスの腕に支えられながら、ラウルはその間近にある瞳を見つめる。身長差こそほとんどなくても、体格はまったく違う、大人の男だ。
「…ありがとな、コンスタンティノス。この街を守ってくれたことも、何も言わないでいてくれることも」
ストラーズブルスの防衛戦を指揮し、3日目に第二城壁と城塞を喪失してからは、市街地を取り囲む第一城壁に沿って巨大な結界を展開したコンスタンティノス。
かつてミクラガルズを囲ったものよりだいぶ小ぶりなものだっただろうが、それでも人口5万の大都市を自身の結界だけで丸一日保たせたのだ、とてつもない戦果だ。
何より、未熟さゆえに今まさに動揺しているラウルに何も言わず、ただ寄り添ってくれている。この心の中に渦巻く感情をあからさまに紐解くことはせず、指摘することも同情することも共感することもなく、ただ、そのまま、ラウルの意思を尊重してくれている。支えてくれている。
「君こそ、私を保護して受け入れてくれただろう。敗北し、東ラバルム帝国と帝都ミクラガルズを失った私に、叱責も共感もせず、ただ、私のあるがままを受け入れて、こうした個人的な空間では私のまま居てよいと言ってくれた。私がこの街を守護したのも、モレー殿が奮い立って大軍を指揮したのも、大同盟を構成する王たちが君に力を貸したのも、ゲルマニアやガリアが君の想いに応えたのも。すべて、ラウルがラウルであったからだ」
「ッ、」
視界が滲む。石畳の床の継ぎ目がぼやけて、咄嗟に目を強く閉じてそれ以上の綻びを押しとどめる。
家族や友人すらいない、パリのしがない大学生がやるには、王というものはあまりに荷が重すぎた。即位から必死で駆け抜けたこの4年間を、コンスタンティノスの言葉だからこそ、これで良かったのだと、受け止めることができた気がした。
なんとか込み上げるものを堪えて目を開けると、ぽろ、と落ちた数滴を、コンスタンティノスとモレーがそれぞれ両側から指を目元に滑らせて拭い取った。
モレーは目を合わせると薄く微笑む。
「まるで清澄な湖の水がこぼれるかのような美しさですね」
「おやモレー殿、なかなかの口説き文句じゃないか」
「…っ!や、これはその…ッ!!大変失礼を…!!」
からかうコンスタンティノスに、顔を赤らめて慌てるモレー。ラウルの青い瞳のことを言っているのだろう。
照れるより先に、弛緩した空気にラウルも小さく笑う。もう、目からあふれるものはない。
ラウルも、この様々な感情を抱いて、前を向いていけるだろう。
「…じゃあ、そろそろ次の街に行くか。早く回らないと、晩餐会に間に合わない」
「かしこまりました」
「そうだね」
モレーとコンスタンティノスの返答を聞いてから、転移の準備を始める。少し動揺してしまったが、想定内の時間だ。
そしてその後もゆく先々で大歓声に迎えられ、戻った晩餐会も楽団や舞踏団の演目に豪勢な食事で華々しく宮廷文化の粋が凝らされ、なんとか二日間の日程を終えた。
これでロタリンギア戦争は完全に終結し、明日から、新しい国際秩序が始まる。