chapter. 12−21
メティス条約の締結から2週間。ロタリンギア王国はもちろん、関わった国の大半の都市で条約の内容が周知され、同盟国は勝利に沸いた。
ガリアは大半の公国でこの戦争に関係していないことからさほどの関心がなく、カンパニアとアンデシアでは敗戦によって公への反発が強まりつつある。
ゲルマニアでは、明らかな敗北が西ラバルム帝国からの分裂以来、初めてだったこともあり、全土でルートヴィッヒ6世への批判が高まっていた。一方、それなりに善戦したように見せたジークフリートとシグルドに対しては評価が向上している。
二人とも、侵攻したアルザティア伯領やサロウェラント伯領に致命的な被害を出さず、それでも非常に良く戦ったように見せていた。だからこそ、アルザティア伯領でのロタリンギア側の死者が増えた一面もある。
とはいえ、シグルドがラウルに呼応して、この戦争を小規模なもので済ませようと努めてくれたからこそ、これ以上の損害を互いに出さずに済んだのだ。あのまま戦いが続けば、確実にロタリンギア王国南部は追い詰められていた。
ラティアリアという例外を除けば、この戦争で国土の変更はなかったため、領土の割譲という屈辱的な結果にならず、ゲルマニア王室への批判はこの辺りで頭打ちとなり、やがて萎んでいくだろう。
そんな中、レッツェ城に新しい人物がやってきた。
「お、お初にお目にかかる。ジーク・フォン・アウストラージエンという」
「シャルル=アンリ・サンソンと申します。父は元ロートマーニュ伯です。ガリア王との混同を避けるため、私のことはサンソンとお呼びください」
カストロと同じくらいの身長であるジーク、ロビンより少し背の高いサンソンの二人だ。
ゲルマニアとガリアが、条約履行のための事実上の人質としてロタリンギア王国に派遣した人物である。
ジークはアルザティア宮中伯、サンソンはヘネガウ宮中伯という新たに設けられた伯位を与えられ、レッツェ城で暮らすことになる。
直接の責任を取るゲルマニアは、王室メンバーであり直系嫡子の一人としてジークを差し出して来た。まだ爵位についていないため、妥当なところだ。
ガリアからは、国内屈指の名門であるロートマーニュ伯家だったサンソンがやってきた。ロートマーニュ伯領は、セークアナ川河口域を擁する場所で、ブリタニアやノルディアのバイキングが海から川を遡上してルテティアを直接攻撃することを防ぐ、まさに王都の防波堤である。ロートマーニュという名前は現代フランスのルーアンのことだ。
現在はシャルルの王冠に直属する王領地となっており、伯位もシャルルが兼任している。
レッツェ城の執務室でデスクに座るラウルの前に、二人並んで立っている。ジークは緊張した面持ちだが、サンソンは平静を保っていた。
「ジーク、サンソン、よろしく頼む。理解しているだろうけど、お前らはメティス条約の人質として、名目的にはロタリンギア王国とガリア・ゲルマニア王国との意思疎通の円滑化のため、ロタリンギアに招かれている」
「承知しています」
サンソンが応えたが、やはりサンソンは特に緊張などは見られない。普通、この状況ならある程度警戒はするものだ。たとえロタリンギア王を舐めていたとしても、人質としてこの城に来ていることには変わりないのだから。
「…サンソンは随分落ち着いてるな」
「陛下…ガリア王より、ロタリンギア王がどのような方かお聞きしておりますので。悪いようにはならないと、そして形だけであってもお仕えすることが光栄な方であると認識しています」
なんと、サンソンはシャルルからラウルのことを聞いているからこそ、平静を保っているらしい。あの王のことだ、なんとラウルのことを紹介したのか想像に難くない。もちろん、王様モードで話しているだろうから、いつものテンションではないだろうが、むしろ言葉での盛り方がすごそうだ。
「あー…なんつか、ちょっと気まずいけど…人質とはいえ、別に冷遇するつもりはない。必要なものがあれば言ってくれ。仕事がしたければ何か任せるし、勉強がしたければ教師をつける。大学も、護衛が必要だけど行きたければ許可する」
「えっ」
ジークは思わずといったように声を出した。ラウルとサンソンの視線が向かったため、口元を抑える。
「も、申し訳ない」
「別にいい。驚いたか?」
「あぁ…はっ、いえ、失礼しました。驚きました。とても」
「…ふっ、」
言葉遣いが乱れたことに気づいたのか、慌てて謝るジーク。思わず笑いをこぼしてしまった。シグルドよりジークフリートの弟というのがしっくりくる。
「気を楽にしてくれ。口調も、公式の場じゃなきゃ好きにしろ。サンソンは…元の口調が丁寧な感じか?」
「はい。私のことはお気遣いなく」
「わ、分かった。すまない、俺も一応、王子として父と話すときは敬語で喋れるのだが…あなたは、初対面で、しかもあのロタリンギア王なのに、なぜか安心してしまった」
サンソンはいつもこうだろう、というのが分かったが、ジークは王子としての立場が身についている。ただ、ジークは素直にもそれ以上の要素があると言った。
「へえ、初めて言われたな。ていうか、あの、ってなんだ」
「…アルザティア戦線で、俺は兄たちとともにマゴンティア城にいたんだ。拠点に詰めていて、そこで戦闘の推移を見守っていた。兄たちが話していたこと、目の前で起きていること、そして東部での連合王国とアヴァールの侵攻…すべてを計画したロタリンギア王は、いったいどれほどの人物なのだろうと思っていた」
「それは私も同意します。ガリア王はよく人を褒める王ですが、それでもあれほど人を褒めるのは見たことがありません。まるで心底惚れているかのようでした」
どうやら二人とも、ラウルに対して事前のイメージがなんとなくあったらしい。そしてサンソンはシャルルの様子を実に正確に捉えていた。王様モードでバレるとは、いよいよ何を言ったのか怖くなってくる。
一方、ジークは気を楽にしながらも、少し表情を沈めた。
「…とはいえ、俺はあなたに良くしてもらうような立場ではない、と思う。ゲルマニアが戦争を仕掛けなければロタリンギアで犠牲はなかったはずだし、ロタリンギアがゲルマニアに敵対していたわけではないというシグルドの言葉に偽りはなかったとも確信した」
「あぁ…いや、お前がそれを気にする必要はない。国家間のことはすべて条約で解決している。ジークはロタリンギアに対して、何らかの責任を果たすべき立場じゃない」
ジークはあの二人に兄たちの三男だけあって、性根がまっすぐで善良なのだろう。王室の人間として、ロタリンギアにいるからにはロタリンギアへの贖罪が必要だと考えているようだ。