chapter. 12−22


「…、しかし…シグルドから、あなたは民をとても大事に想っているのだと聞いた。顔も名前も知らない誰かが、安心して生きていけるようにしたいと。それなのに…」


きっとジークも頭では理解しているだろう。あくまであの戦争の落とし前は国家が支払うものだと。それでもこう言ってくれるのは、それだけジークが優しいからなのだということは、少し話しただけで十分理解できた。


「もし気に病むというのなら、この国で学ぶことだ。ジークはきっと王位を継承することこそないだろうけど、王家の人間として、国の行く末にある程度の影響力を持つことになる。お前の父親が奪った命を想うなら、どうやったら戦争のような民を殺す方策を取らずに国家を運営できるのか、考えることができるようになれ」

「俺が、そんなこと…」

「できるようになると覚悟しろ。責任を取りたいならな。お前が責任を果たすべきは過去の失われた命じゃない。未来の命に対してだ」


どうしても気が晴れないのなら、ジークの立場では、失われた民のことではなく未来を生きる民のことを考えるべきだ。それが、王室の者としてできることだろう。


「だから、サンソンもジークも、やりたいことがあるなら言ってくれ。学びたいこと、必要なものがあれば申し出ろ。この国に、俺のもとに来たからには、必要なものはすべて用意してやる」


ラウルの言葉を聞いて、サンソンは薄く微笑む。その端正な顔に似合った綺麗な笑みだ。そして、そのまま床に膝をついた。


「陛下からお聞きしていた以上のお方です。ロタリンギア王、あなただからこそ、この国はこうして豊かになり、大同盟が築かれた。願わくば…僕はあなたの導く先を見ていたい。可能であれば、レッツェ城の治癒魔法士として働かせていただけませんか」


そうしてサンソンが述べたのは、そんな願いだった。レッツェ城の治癒魔法士は一流だが、老齢のためそろそろ他の人材を必要としていた。
確かに、シャルルからサンソンは極めて優秀な治癒魔法士だと聞いていた。ロートマーニュ伯位を彼の父が喪失しシャルルに伯位が継承されたあと、サンソンは伯位につくことができず、ルテティア宮殿の治癒魔法士として働いていたという。


「こちらとしても願ったりかなったりだけど…その言い方、レッツェ城に永久就職するつもりか?」

「そう捉えてもらって問題ありません」

「ルテティア宮殿の方が待遇は良いと思うけどな」


どうしてこの城で働きたいと思ったのか尋ねると、サンソンは顔を上げる。そのアクアマリンの瞳は、どこか影があった。


「…陛下に不満は一切ありません。安全保障上、ロートマーニュ伯を陛下が王領地に併合したことは理にかなっていました。しかし、それでも…行き場をなくし、どのように生きていけばいいのか、この家の名をどうやれば貶めずに済むのか、分からないまま宮殿で治癒魔法士になりました。幸い、治癒魔法が使えたからです」


ちょうど治癒魔法が使えたから良かったものの、そうでなければサンソンは伯位を失って路頭に迷うところだっただろう。
レッツェ勅令において伯位を喪失したロタリンギア貴族も、ラウルの言うことを聞いた家については他の伯位を与えたり、王立会社の総督や要職に据えたり、パズルのように調整したものだ。もちろん、抵抗した家は取り潰した。

ガリアでは多くの場合、王領地への併合によって伯位や公位を失った家は、ヒスパニアなど新たに獲得した土地の領主にしていたようだ。しかしロートマーニュ伯については家柄が高貴すぎたためヒスパニアには飛ばせず、かといって他の土地はすべて継承が済んでおり、どうしようもなかったらしい。
そこで、名目上の要職として、サンソンの父は宮宰に就任した。息子であるサンソンは治癒魔法士になったものの、その先がどうなるか分からなかったのだろう。


「…閉塞感だけでした。逃げ場も行き場もなく、かといって宮宰職を世襲することは難しい。何より、ただの名目上の職位を与えられても、実際には何もせずただ窓の外を眺めるだけの日々を過ごす父の姿に、僕は…屈辱も感じられず、ただ、悲しかった。この先の人生に意味も価値も見いだせなかったのです」

「だからロタリンギアで働くのか?」

「いいえ。正確にはあなたの下で、ということです」


サンソンはまた小さく笑顔を浮かべる。柔らかいそれは、ラウルに対する信頼が現れていた。いつの間にか、自分を「僕」と呼んでいるのもそういうことだろう。


「陛下はあなたを、人として人の上に立ち、人のための王であろうとする人だと語りました。どういうことか判然としていませんでしたが、先ほどのジーク様へのお言葉で理解しました。同時にハッとさせられました。あまりに自分のことばかりで、自分のために自分にできることしか考えられていなかったのだと。僕には、誰かのためになる力がある。なら、まずは誰かのために生きてみようと、そう思ったのです」

「そんな大層なことを言った覚えはないけど…そう思ったんなら、そうすればいい」

「はい。初めて、やりたいことができました。あなたの傍で、この国の未来を見てみたい。その過程で生じる誰かの傷を、僕が治します」


元からいろいろなことを考えるタイプの人なのだろう。加えて治癒魔法士をやれるほど聡明だ。だからこそ、短い会話でここまで結論付けた。
そしてそれほど、サンソンは苦しい閉塞感と絶望の中にいたのだ。


「…うん、なら、晴れ晴れとした未来を見せてやらないとな」

「っ、ええ、ぜひ。最大限、お手伝いさせていただきます」


少しだけ泣きそうな笑みで頷いたサンソンに続き、ジークも意を決したように口を開いた。


「あ、あの、ロタリンギア王」

「個人的な場では名前でもいいぞ」

「…ではラウル。俺も、あなたの傍で学びたい」


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