chapter. 12−24


「…分かった。部屋に戻ることにする」


ラウルはそう答えて席を立つ。ポルクスがすぐに扉を開けて待機し、カストロに先導されて廊下を出る。
王としてここまではいつものことだが、ラウルが私室へ向かおうとすると、なぜか二人もついてきた。


「…?お前らも今日は休むのか?」

「いや。俺たちはまだ仕事がある。まずはお前が仕事をせずに部屋に戻るか見張るのだ」

「申し訳ありませんが、寝ると仰っておきながら仕事を持ち帰った前科がおありですので…」


どうやら二人は、本当にラウルが休むのかどうか疑っており、見届けるためにラウルを送るのだという。
正直、前科は多くあるため、ラウルは否定できない。


「きょ、今日はちゃんと休むつもりだったって。まぁ、別についてくるなとは言わないけどさ」

「道中で思い出して『これくらいなら』となるのがお前だろう」

「俺への理解が深すぎる…」


カストロの言葉が100%その通りでラウルはまったく言い返せない。一方のカストロも、しょうがないな、という顔で呆れつつも小さく笑っていた。

少し歩けば、後宮というにはささやかな王専用の区画に差し掛かる。もちろん、カストロたちは出入りを許している。
その廊下の窓が開いていて、そこから見える夏の終わりの空と、レッツェ城の下に広がる渓谷の緑が見えてきた。つい、ラウルは窓辺に寄って外を見渡す。

アルザート川によって形成された谷間の上に立つ城からは、20メートルほど眼下の川と低地に立ち並ぶ下町、そして対岸の台地に建つ軍事施設や屯所、城壁が見えている。
緑が多く、川に沿って涼しい風が吹き抜けてきた。

思い返せば、東ラバルム帝国が完全に滅亡し、ルキウスがアンティオキアを脱出したときの報告をカストロから受けたのも、こうした1年前の夏の日だった気がする。
たった1年で、大同盟の構築や取引所連盟の開設、様々な王たちとの出会いなどがあったのだ。あまりに濃密な1年間だった。


「…さっきさ、ジークに、失われた命じゃなくこれからの命のために責任を果たせって言ったんだけど…それは俺にも言えることだよな」


その1年間は、ロタリンギアを舞台とする大戦争を避けるための総仕上げのようなものだったが、結果的に、ゲルマニアの予防戦争という小規模な戦争を避けることはできなかった。
多くの人が言ってくれたように、そして自分でも理解している通り、この戦争がなければ、ロタリンギア全土を蹂躙する大戦争が起きていただろう。
この戦争だって、五日間で終結できたのはシグルドたちが協力してくれたおかげだ。

それでも、戦争を完全に止めること自体はできなかったことが、たまらなく悔しく、そればかり考えてしまっているような気がした。
もちろん、未来のための政策もすでに多くやっているが、それは必要なことだからで、心は失われた人々の命にずっと向いていた。

ラウルがぽつりと漏らした言葉に、カストロもポルクスも黙る。しかし、カストロはすぐに言葉を発した。


「それでもお前は、サンソンにもジークにも、誰かのためになれるように努めよ、と話したのだろう」

「…うん」

「それは託したということだ。王ではない者に、たった数人だけしか救えないかもしれない立場の者に、それでもお前は己の信念を伝えた」

「っ、」


確かに、言われてみればサンソンやジークのような立場の者にああいうことを言ったのは初めてだ。ケイローンなど、国内の協力者はあくまでラウルの目的の共有を意図していたもので、そうではないまったくラウルやロタリンギアとは関わりがなくなるかもしれない立場の者にすら、ラウルは自分の考えを伝えたことになる。

シャルルやアーサー、カドックなど同盟国の王たちに伝えられたのは、彼らが戦争を避けるという目的において最も重要な役割を果たす王だからだ。

そうではない立場のサンソンとジークにも言えたのは、初めてなのかもしれない。


「此度の戦争で、お前は『一人でも』と願った。実際に己の采配の中で命を落とした者がいたから、より一層、見知らぬ『誰か』への共感が強くなった。だからこそ、王のような率いる立場以外の者にも、その信念を明かしたのだ。一人一人が尊重されるためには、一人一人が誰かを尊重せねばならんのだからな」


今日は本当に、カストロのラウルへの指摘がよく当たる。言われてみれば、そうかもしれない。
実際に兵士たちが命を落としたことで、ラウルの中にある想いは一層強くなって、指導者以外にも共有するまでになっていた。

これまで、自分がこの世界の人間ではないからこそ、現代の価値観を押し付けないようにしようとセーブをかけていた。それが、なくなりつつあるらしい。


どうやらラウルはすっかり、この世界の人間として、この世界の人々のことを大切に思っているようだ。


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