chapter. 2−11
カストロは、メティスでの王位継承の儀式を終えて、さっそく新たな王都レッツェにやってきたラウルとともに城内を歩いていた。
前をラウルが歩き、控えるようにカストロとポルクスが続く。
二人がレッツェ城に入るのはこれが初めてだったが、無骨な城はメティス宮殿とは比べ物にならないほど質素で、窓の外に見える渓谷は緑に包まれていた。
カストロとしては、メティス宮殿は煌びやかすぎるため、これくらいの方がむしろ落ち着く。
当初、遷都が発表されたときはメティス宮殿に集まった貴族たちが面白いほどポカンとしていたし、ゲルマニアとガリアの代表も唖然としていた。
かつては、ロタリンギア王の即位式と言えばガリア王とゲルマニア王が参加していたが、ここ数世代は王子などが来るようになり、今回に至っては王室からの代表は来ていない。舐められたものだが、醜態を晒さずに済んだことは良かったのではないか。
13歳にして即位した少年王に貴族たちも恐らく舐めていたようだったが、ラウルがその場でレッツェ遷都を告げ、さらに各国の即位式で慣例となっているその王の魔法の披露でも、瞬間移動という力の異常さに愕然としていた貴族たちの顔は、カストロですら思い出し笑いをしそうになる。
今、双子はレッツェでの引っ越しを一瞬で終えて、ラウルとともにこの城での儀式に臨むことになっている。
それにあたって、カストロもポルクスも正装のシュールコーとマントをつけていた。
今日は、ラウルがロタリンギア王に即位するのと同時に、ポルクスをアルルナ副伯に、カストロをレンディンガ副伯に封じる臣下の礼を行うのである。
アルルナ伯領はレッツェの北西にある地域であり、レンディンガ伯領はレッツェの東に位置する。
ただ、実際に二人がそこの領主として何かをするということはなく、名目上のものであり、政務はレッツェ地方全体をひっくるめてラウルが行うことになっている。
単に、二人に伯位を与えることで、双子が公式の場でもラウルとともに立ち護衛できるようにするという意図があった。
やがて三人はレッツェ城の大広間にやってくる。
荘厳な空間は、たった三人だけの儀式をするには大きすぎる気がしたが、堂々とラウルは玉座に進む。
そして、ラウルが豪華な金銀の装飾のなされた玉座に座ると、二人はその正面で跪く。
「…これが最後の機会だ。本当に、いいんだな。今ならまだ、自由に外の世界に出ていくこともできるんだぞ」
すると、この期に及んでラウルはそんなことを言った。二人の覚悟を試す、なんてことではなく、言葉通りだ。
こうして封じられれば、二人はもうロタリンギアから出られなくなる。今ならまだ、城を出て自由に生活できるということだ。今の二人なら、メティスで学んだ知識や武力をもって生きていけるだろう。
しかし、これは愚問だ。
「不要だ。俺たちは、お前を守ると決めている」
三人だけの儀式に儀礼もへったくれもない。いつも通りの言葉遣いでいえば、ラウルは少しだけ震えた声で、「そうか」とだけ答えた。
「…それでは。カストロ、貴殿を上ロタリンギア公国レンディンガ副伯に封じる。ポルクス、貴殿を上ロタリンギア公国アルルナ副伯に封じる」
頭を垂れて応じた二人。儀式めいたことはラウルもこれだけにするらしく、少し気を緩めて、いつものフランクな口調で続ける。
「そうだ。これからは、二人とも伯位を家名として名乗ってもらうわけだけど…間に別の名前も挟もう」
「…というと」
カストロは顔を上げてどういうことか尋ねる。普通に考えれば、カストロ・レンディンガ、ポルクス・アルルナとなるはずだ。
「お前たちは古き文明の母なるグラエキアの血筋だ。お前たちの両親がそれを望んだように、そして俺自身も望むように、お前たちには、これからもグラエキアの誇りを忘れないでいて欲しい。だから、グラエキアの言葉で神の子を意味する名を名乗って欲しいんだ」
「っ、ラウル…?」
唖然としていると、ラウルは優しく微笑む。背後から差し込む荘厳な窓からの光が、銀髪に反射して輝いていた。
「ディオスクロイ。カストロ・ディオスクロイ・レンディンガ、そしてポルクス・ディオスクロイ・アルルナとそれぞれ名乗ってくれ。グラエキア語の名前を残すだけじゃ、周りには理解してもらえないかもしれないけどな」
「ラウル様、」
「…おまえは、」
ポルクスは息をのんで、その目元から涙をこぼす。ポルクスの脳裏には、きっとカストロと同じく、決死で二人を逃がした両親の姿が浮かんでいることだろう。
最後まで、グラエキアの誇りを忘れずに、そのうえで生きてほしいと願っていた彼らを、今も鮮明に覚えている。アルカディアの風景も、グラエキアの人々も。
ラウルは、たとえ二人がロタリンギアの人間になったとしても、いつまでもグラエキアの誇りを忘れないでいられるように、二人を守ったアルカディアの死した両親の思いが消えないようにしてくれた。
二人の心と両親の思いを、守ってくれたのだ。
「グラエキアにはかつて神話があった。今の世界に宗教はないけど、俺にとっては、突然目の前に現れて、俺に初めて味方してくれたお前たちに、神がいるんなら、神が遣わしてくれたんじゃないかって。そう、思っちゃうくらい、お前らに会えて良かったと思ってる」
「そんな、そんな、私たちこそ…!ラウル様、あなたがいたから、私たちは…っ」
カストロはむせび泣くポルクスの背中を摩りながら、自身の瞳に滲んだものを隠すように強く目を閉じる。少しして目を開き、再び頭を垂れた。
人は、心から敬意や感謝を持つ相手に対して、自然と頭が下がるものなのだろう。
「…ラウル。決してお前を傷つけさせはしない、何者にもだ。必ず守る」
「はい、はい兄様。私の剣で、」
「俺の盾で」
「あなたを照らす光となりましょう」
「我らディオスクロイ、真に神の子であるならば、お前を守るために、我らの運命はあったのだ」
この人に出会い、この人を守るために、自分たちは生まれてきた。
そう確信するほどに、カストロもポルクスも、この瞬間に誓いを立てたのだ。