chapter. 3−1


ラバルム暦1276年、16歳になってすぐ、東ラバルム帝国滅亡の報から少し経った7月のある日。
ようやく夏らしい日が続くようになったレッツェ城の応接間に入り、ラウルは久しぶりに会う青年がすぐ立ち上がったのを見とめた。


「モレー、久しぶりだな」

「ご無沙汰しております、陛下」


ジャック・ド・モレー、ラウルより10センチ近く背が高い青年で、白いコットの上に袖のない上着である赤いシュールコーをまとい、眼鏡がよく似合う真面目な風体の男だ。
現在、ラウルが公を務める上ロタリンギア公領に属する伯領の多くを兼任しており、事実上、ラウルの副公のような立場である。出迎えた使用人たちも当然仰々しくモレーを迎えただろうが、それを見るたびにモレーは胃をキリキリとさせているそうだ。

上質なソファーにラウルが腰をおろすと、大理石のテーブルをはさんで対面のモレーも着座する。同時に、使用人がラウルのためのワインをテーブルに置いてから、全員席を外した。


「わざわざ悪いな。俺がそっち行った方が早いのに」

「まさか。たとえ一瞬であろうと、あなた様のお手を煩わせるなど。ただでさえ、12もの王立会社の経営でご多忙のところ、大学の開設事業も大詰めでしょう」


モレーは多くの伯位をラウルから与えられているが、主にコンフルエンティア伯としての仕事が多く、同時にコンフルエンティアに本社を置く王立モーセララント専売会社の経営実務も行っている。
コンフルエンティアは、ラウルの世界で言うとコブレンツにあたる都市であり、モーゼル川とライン川が合流する水運の要衝だ。
この世界では、モーセラ川とレーヌス川といい、ルクセンブルクにあたるこの王都レッツェからはモーセラ川を下ったところに位置することになる。


「モレーにはいろいろ任せてるしな。まぁ、せっかくレッツェまで来たからには果物でも食べていけよ。桃とスモモが、まだちょっと早いけどもう市場に出てる」

「ええ、ぜひ。それにしても、最初の王立会社であるレッツェ農業会社による集約農業は、極めて高品質かつ手ごろな価格での販売を実現しています。これを即位してすぐ、僅か13歳であらせられた頃に実施されたこと、まさにご慧眼です」

「はは、金の話は流暢だよな、相変わらず」


オドオドした様子を見せることが多いモレーだが、金の話となると突然饒舌になる。モレーは小さく笑ったラウルに顔を赤らめて、「い、いえそんな、」と謎の謙遜をする。

王立レッツェ農業会社、それはモレーが言う通り、ロタリンギア王国に存在する13の王立会社のうち、最初にラウルが設立したものだ。

3年前、1273年に13歳で即位したラウルは、ロビンにあらかじめ要塞化を指示していたこのレッツェに遷都。そしてこの地で、国王権限のもとに会社を設立した。
もちろん、ラウルがいた21世紀世界のようなものではなく、より原始的なものだ。事実上、行政機関であり、イギリスの東インド会社のような国家機関に近い。現代風に言えば独立行政法人だろうか。

レッツェ勅令と同時に行った施策であり、レッツェ勅令の主目的である国土の再編と合理化をより実務的に達成する組織として、王立会社を設立し、まずはレッツェ地方における農業の集約を行った。


「農業は大規模化が鉄則だ。生産性、収益性、効率性、すべては集約と大規模化で実現できる。実験はメティス伯領でやってたからな、いきなり王都になったこの地方の人たちはもとから協力的だったけど、実例を示せたからほかの地域でもできた」

「仰る通りです。それがなければ、今頃フリジアはどうなっていたか…」

「人口は3分の2くらいになってただろうな。地元住民には無理をさせたけど…まぁ、飢餓を防げたのは良かった」


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