chapter. 3−3
カブの中耕は、夏に土壌の膨軟化と雑草の除去を主な目的として行われる。
中耕作物は、隙間を多くした株間に犂を入れて耕すが、これを広大な土地で一株ずつやっていくのは途方もない作業であり、従来の農民の数ではとても賄えない。
中世の技術水準で考えると、概ね、カブをやる前の人員に対して2倍の作業員がいないとカブは生産できないとされる。
しかも、その人員は夏しか必要ではないため、それ以外の期間では邪魔になる。
もとより農業というのは、農村という共同体が公平に行う社会主義的な形態の産業であるため、よそ者を夏だけ雇って中耕作物を栽培するというのは難しい。
そこで、王権直属領である王都メティス伯領においては、王権に基づいてガリア戦争に従軍していた兵士を呼び戻し、戦場と農場とをローテーションさせた。夏は中耕を行い、それ以外はガリアに戻るのだ。
この時代、戦争というもの自体が現代と違って常に戦闘を行うものではなくテンポも遅いことから、このようなことは珍しくなかった。
ガリア戦争が終結してからは、帰還兵をまとめて王室が雇用し、メティス伯領の農地での夏の中耕と、それ以外の期間におけるレッツェの都市建設をローテーションさせていた。
つまり、カブという中耕作物を間に挟むことで農業改革を行うというのは、単に間にカブを栽培すればいいという話などではなく、それに必要な農具、農業用家畜、そして人員を大規模に投下することが必要不可欠なのである。
事実、現実世界の欧州において、三圃式に中耕作物を入れて休耕地をなくす方式である「フランドル農法」が開発され、それがイングランドでカブやクローバーなどの中耕作物を入れる「ノーフォーク農法」に発展し、さらにそれがドイツで「輪栽式農業」として体系化されるまで、実に300年以上かかっている。
このことから、この世界での10歳のとき、ラウルは人口、犂耕馬・牛、そして鉄製農具というハード面の圧倒的な不足から、ノーフォーク農法や輪栽式農業まで次元を高めるにはまず人口と家畜を増やす必要があると理解した。
そこで、ガリア戦争の兵士やレッツェ建設の作業員に兼務させたのである。
こうして、フランドル農法にあたる「改良三圃式」を導入したメティス伯領の生産性は、隣の同じ土地条件であるヴィルドゥヌム伯領に比べて最初の一巡時点で3倍に達した。
高品質な小麦と大麦、そしてカブが大量に生産され、国内で消費される。また、街道を経由してガリアやゲルマニアにも輸出され、メティス伯領を通して王室財政に寄与した。
「メティス伯領での農業収益から得た資本によって、要塞都市レッツェを建設しここに遷都。陛下はさらに、そのままこの地域における農業の集約化を行うために最初の王立会社を設立されました。そしてすぐに、アルルナ伯領やロンカストル伯領における砂鉄鉱山開発を行う王立レッツェ鉱業会社も設立し、メティス伯領で使用する農具を改良・増産しました」
その後、13歳でレッツェに遷都して王位を継承したラウルは、この地の農業を一挙に管理する王立レッツェ農業会社を設立し、すべての農家を雇用した。
瘦せた土地であるこの地では、零細農家が果樹園を細々とやっており、遷都する前はレッツェ村が中心となって付近での果実の生産を行っていた。
王立レッツェ農業会社は、すべての農家を一元管理し、肥料や流通手段、保存場所や販売場所などを一括して提供した。無駄な労力を割く必要がなくなった農家は生産だけに注力するようになり、土地が再編されたことで従事者たちの生産スピードも上がった。
得られた利益は労働実務に応じて再分配され、たとえ不作の年でも安定して収入が得られるようになった。
流通・販売コストを会社が担ったことでそこも効率化され、さらにラウルが自分でこの地の伯位についたことで税を払う必要もなくなり、中抜きされた分がなくなって価格に転嫁される。こうして、リンゴやベリー、クルミ、アプリコット、桃、栗、柿、ブドウなどの安く高品質な果実を大量に生産する地となったのである。
加えて、ラウルはレッツェ地方南西部、アルルナやロンカストルと呼ばれる丘陵地帯での鉱山開発を行った。
元の世界における前近代欧州の鉱山開発というのは、山師と呼ばれる職人が鉱脈を調査し、探し当てた鉱脈は領主の下の監督官が収益性を評価、採算が取れると判断すると一定の土地を山師に与えたうえで細分化し、その細分化された土地の持ち主に対して、その土地で採取できた鉱石の利益を与えていくという形だった。
これは無駄が多い上に、各土地の持ち主の意向によって生産性が大きく異なり、さらに伯、公、王と封建領主やキリスト教会の十分の一税などもあって納税額も多かった。
そこでラウルは、鉱業会社を設立してこれを一括管理、会社を通してその鉱山を所有する領主に利益を還元していく方式にした。現在の鉱山経営に近い形だ。
アルルナ伯、ロンカストル伯はそれぞれラウルがレッツェ勅令によって再編し獲得したため、王立レッツェ鉱業会社が支払うのは王室に対する租税だけとなる。
これによって、採取された砂鉄はほとんど中抜きされずに利用できるようになる。