chapter. 3−4
「まぁ、俺もよくここまでうまくいったモンだなとは思う」
「当然です。メティス伯領では戦役・工役にあたった者たちがカブの中耕を担い、小麦や大麦の生産性が飛躍的に向上。そのカブはレッツェ地方での畜産にも役立てられ、冬の間も飼育された健康な牛や馬が犂耕のためにメティス伯領に送られる。一方、レッツェの鉱山開発で得られた鉄製農具もメティス伯領で使われ、さらに生産性が向上する。実に効率的に産業が回転しています」
かつて、鉄鉱石に取って代わられるまで、鉄製品の原材料は砂鉄だった。砂鉄鉱山がベルギー南部やルクセンブルク南部で大規模に開発されたことで、近世にはすでに、この辺り一帯は様々な鉄製の道具が使われていた。それがフランドル農法を成功させた一因でもある。
ラウルは同じ場所で砂鉄が取れるはず、という賭けに出て、それに勝利した。
やはり同じ場所に砂鉄鉱脈があったため、王立の鉱業会社を設立して一元的に開発。森林を伐採して大量の木炭を生産し、その木炭を燃やす炉で鉄を鍛造した。
なお、「鍛造」とは熱い金属を叩いて加工することであり、「鋳造」とは液体になるまで金属を溶かして鋳型に流し込み成形することである。
イングランドでコークス炉が実用化されるまで、鋳造されたものは強度が低く実用性が低いとされたため、基本的には鍛冶師による鍛造が行われた。
鋳造が難しかったのは、ひとえに高温で熱する高炉がなかったからである。
高炉では燃料と一緒に砂鉄や鉄鉱石を入れるわけだが、その際、石炭を使うと中の硫黄が鉄に混ざり品質を劣化させる。コールタールなどの石炭関連副産物も高温化を妨げる。
石炭は古代から使われたものの、石炭によるこのような弊害から鋳造は無理があったため、基本的には熱して叩く鍛造がメインだったということだ。
その後、イングランドで石炭を乾留して硫黄などを抽出し、純粋な炭素で構成されるコークスが生産されるようになると、コークスによって高炉をつくり、高度な鋳造が可能になった。
鍛造するには砂鉄の方が都合が良かったのだが、鋳造するなら鉄鉱石の方が効率が良く、コークス炉の普及によって鉄鉱石が使われるようになり、やがてそれは産業革命として全欧州に広まっていくのである。
石炭を乾留してコークスを生産し、コークス炉による大規模な鉄の生産を行うこと自体は、今の段階でも不可能ではない。
しかし、莫大な鉄の生産をしても需要がない。産業革命に至るにはまだ時間がかかりそうな状況であるし、そもそも魔法があるため必要性はラウルのいた世界ほどではない。
もっと言えば、コークスの生産は環境を著しく破壊し、生産者は肺がんリスクが急上昇することから、ラウルとしては犠牲が出ると分かっている技術をおいそれと採用したくなかったのだ。
いかに、人類が多くの犠牲を払って成長してきたかを実感する。
「フリジアも、陛下のその徹底的な合理性によって危機を脱したのです。感服いたします」
モレーは、心から言っているようで、さすがにラウルは気恥ずかしくなってくる。もちろん、王として称賛の言葉は多く受けてきたが、モレーは普段おとなしく寡黙なタイプの青年のため、こうして流暢にラウルを讃えているのを見るとそれが本気なのだと否応なしに分かってしまうのだ。
モレーが言うフリジアの危機というのは、ラウルの世界でオランダにあたる地域で起きていた深刻な貧困と飢饉のことだ。
もともと寒冷で土地も痩せ、農業に適していない洪水地帯だったことから、フリジアは慢性的に不況と飢餓に苦しんでいた。沿岸部は湿地帯となっており、南西部はレーヌス川、モース川、スヘルト川が注ぐ河口地帯のため洪水が多発。
挙句、少し前にはノルディアからのバイキングの襲来にも苦しんでいた。
ラウルが即位した頃には餓死者が相次いでおり、歴代の王はバイキングに対する自然の堤防になると考えあえてフリジアをそのままにしたこともあり、放っておけば反乱すら起きそうなほどだったのだ。