chapter. 3−5
そこでラウルは、即位後すぐに王立西フリジア開発会社と王立東フリジア開発会社を揃って設立。レッツェ勅令で上ロタリンギア公国を整理している間に、フリジア公国での大規模な開発を開始した。
まず、東フリジア開発会社は東部地域での泥炭採掘を始めた。
泥炭とは、植物の遺骸が地中で炭化したものであり、石炭になる手前の状態を指す。水気を多く含むが可燃性があり、点火すると地面全体が延焼することもある。
燃料として使用することも可能だが、ラウルは東フリジア開発会社においてそれを乾燥させた。
ラウルがいた世界におけるオランダでも、北東部は泥炭地として有名である。
この乾燥した泥炭は、肥料として使用することで生産性を向上させることができる。
フリジアは概して砂質の酸性土壌であるため、南西部のトクサンドリア伯領や北東部の東フリジア辺境伯領でかろうじてオーツやライ麦などの安い作物を栽培できるような状態だった。
気候もあるため、さすがに栽培作物をライ麦から小麦に変えることは難しいが、オーツやライ麦でもたくさん作ることができれば飢えは凌げる。
収量を増加させるべく、東フリジア開発会社で生産した乾燥泥炭を西フリジア開発会社が購入し、南西部と北東部の農業地帯に散布。同時に、メティス伯領で行っていた改良三圃式も導入し、泥炭と中耕作物栽培による生産性の底上げを図った。
並行して、北西沿岸部のハラレム、現代ではハールレムにあたる港町においては王立ハラレム造船会社を設立して、商船・軍艦の建造を集中的に行わせた。
一方、周辺の広大な西フリジアの平野部では、当初はメティス伯領の、数年経過してからはトクサンドリア伯領と東フリジア辺境伯領で産出されたカブを使用して酪農を行わせ、牛乳の一大産地とした。
最北端の沿岸部は干拓をしつつ漁業を奨励し、ニシンなど塩漬けにして保存できる魚が盛んに生産されるようになる。
こうして、東フリジア辺境伯領では、夏には農業地帯で中耕作物の中耕を行い、それ以外の期間は泥炭採掘や乾燥作業、冬穀・夏穀の生産、漁業に従事し、西フリジア辺境伯領では酪農やハラレムでの造船作業、トクサンドリア伯領西部では農業、東部では泥炭採取といったように産業を整え、生産量が増大し、飢饉は回避された。
これによって、フリジアの人々は一転して王室への忠誠心を持ってくれるようになったためレッツェ勅令が進展。
フリジア公の座はラウルが担い、配下の西フリジア辺境伯、東フリジア辺境伯、レーヌス川河口のレーヌスラント辺境伯、現代マース川にあたるモース川河口のモースラント辺境伯、そして現在のオランダ・リンブルフ州にあたるヴォルーヴェ伯をすべて継承した。
つまり、オランダ全土にあたるフリジア一帯をすべて直轄化したのである。
「東フリジア開発会社による泥炭開発と沿岸の干拓、西フリジア開発会社による泥炭の利用・流通と畜産物の集約販売、ハラレム造船会社での大規模な造船事業。さらに、西フリジア開発会社による公都ドレスタッドや港町デルヴェン、トゥレドリスの要塞化。それらが始まって3年、大方すべての目標を達成し、今やフリジアはウェスティア世界屈指の多角産業地帯となりました」
フリジア公国の中心都市はドレスタッドといい、ラウルの知るオランダではドゥールステーデという。そのほか、レーヌスラント辺境伯領の首都デルヴェンはデルフト、モースラント辺境伯領首都トゥレドリスはドルドレヒトにあたる。いずれもバイキングの襲来に備えて要塞化している。
「…それにしても、さっきから持ち上げすぎだろ…」
「いいえ、まだ足りないほどです。それらの合理化や効率化は、すべて民が飢えず、国力を増すことで周辺国に対する抑止力となり、ひいてはこの国が戦場とならないようにしようというお心でのこと。そんなあなたからのご命令だったからこそ、このモレー、僭越ながらこのような地位についております。分不相応と、己では思っているのですが…」
それにしても先ほどから褒めすぎだ、と指摘すると、モレーは途端に自信をなくしたように言った。
「…上ロタリンギア公領は、原ロタリンギア地方を中心とする古き土地。その一部分を、この私が統べるなど……」