chapter. 3−8
モレーは専売会社を通して、金の動きを探ってくれていたようだ。金は噓をつかない。何を企んでいるのか、常に金は語ってくれるのである。
「ここのところ、急速に刀剣と甲冑の生産が増えています。発注元はゲルマニア王国、特にアフュニゲルネフォルト市やカッスセラ市、そしてドームヒューゲル市です。数にして、月間500はあろうかと」
アフュニゲルネフォルトはミュンスター、カッスセラはカッセル、そしてドームヒューゲルはフランクフルトにあたるゲルマニアの都市である。
ドームヒューゲルはゲルマニアの王都でもあった。
いずれも、ロタリンギアと国境を接する地域の都市であることから、その狙いは明白だ。
「すぐに軍備増強、ってわけじゃないだろうが…ゲルマニアとコロニアが結ぶってのは、分かってはいたが面倒だな」
「ええ。当面は、ルメリア半島方面への東方拡大にあたっての武装調達でしょう。一方で、コロニアとの経済的結びつきを深めることで、将来的にはロタリンギアに対する侵攻に備えていると思われます」
現在、ゲルマニアは東に隣接するパンノニア王国やダキア王国への侵攻を企てている。いずれも、かつて東ラバルム帝国からの独立戦争を行って独立を勝ち取った場所だ。
大方、その戦役でコロニア産の刀剣や甲冑の強度などを試し、よさそうであれば追加発注し、いつかガリアなどの大国と戦うときに備える意図があるのだろう。
もちろん、コロニアにとってゲルマニアと仲良くする方が儲かると思わせることで、ロタリンギア国内を不安定化させる効果もある。
「コロニアは鉱山の土地を細分化し、ゲルマニアの貴族に販売、採掘権を得たゲルマニア貴族がコロニア鉱山の利益を得ているようです」
「やりたい放題だな。品質はおそらくアンドウェルピアとどっこいどっこいか、刀剣類だけならコロニアがわずかに上か。やっぱ新しい高炉を導入した方がいいか…」
「新しい高炉、ですか?」
「あぁ。石炭を乾留して硫黄などを抽出し純度を高め、それを使って砂鉄を溶かす高炉だ。細かいパーツを鋳造して強度を高めることができるようになる。一方で、石炭の乾留には労働者の命に関わる毒ガスとか出るから、あまり積極的にはなれないんだよな」
考え込むラウルに、モレーは真剣な表情を緩め、優しくこちらを見た。
「…やはり、陛下はお優しい。普通、石炭などを触るような労働者のことなど、王侯貴族は考えないものです。そこまで思いをはせる優しさ、そして産業と命を天秤にかける誠実さ。ええ、あなたに召し上げられた御恩だけでなく、そういうところに、私はあなたのために生きようと思うのです」
そして、モレーはそんなことを言ってきた。心の底から敬愛を滲ませる表情に、ラウルは身じろいで視線を逸らす。
「……そんな大袈裟な」
「ふふ、陛下はなかなか、私の称賛を受け取ってくださりませんね。なんでもないことのように他者を慮ることは、特別な力だと私は思うのです。私はスギテンシス伯位に拘りはありませんでしたし、初めて拝謁したとき、陛下はそれを理解しておられた。だからこそ、陛下はコンフルエンティア伯に私を封じることを提案された折、私に断ってもいいとおっしゃった。あくまで、私の意思を尊重してくださった。ロタリンギア王ともあろう方が。だから私は、あなたの命令であれば…従いたいと思ったのですよ」
現代を生きたラウルにとっては当然のことだが、人権思想のないこの世界では不自然なことなのだ。
何も、現代の人権思想や哲学を持ち込むつもりはないし、議会を設けて民主主義にしようなんて以ての外だが、それでもラウルは、せめて「人が人であること」を大事にしようと思った。
そこに貴賤はなく、誰であっても尊重されるようにしたかった。いや、自分がそうしたいというだけで、異なる価値観に生きるこの世界の人々にまでそうあれとは思わない。
ロビンやカストロ、ポルクスは、少し戸惑うことはあっても、ラウルと同じように、ある程度他者を尊重しようとしてくれている。
モレーもまた、領内の人々や専売会社の商人たちにそう接してくれている。
誰かに返してほしい考え方ではなかったが、こうして応じてもらえていることが、途方もなく、ラウルは嬉しかったのだ。