chapter. 4−8
出会った当初は、元皇帝と現国王ということである程度距離があったはずだ。
それが今では、お互いに顔を隠すためのローブを被ってこっそりとロヴェン宮殿を抜け出し、エスコートされながら華麗な街の中を歩いている。
さすがに通りに出たら腰を抱く手は離れたが、肩が触れ合う距離で歩いているのには変わりない。
「…随分と楽しそうだな」
「それはそうだろう。かつて、私に対等な相手などいなかった。立場柄ね。君は年齢こそ離れているが、その思考も言動も私と同じか、時にそれ以上だ。そして同じラバルムの血を引く。これほど対等な相手もいないだろう?」
「気楽ってことか」
「気兼ねない、ということだよ。さあ、ロヴェン週末市場だ。君が開いた市場は毎週大盛況だよ。ブリタニア産のペリー酒が最近の流行なんだ」
楽し気にするコンスタンティノスは、ロヴェンでの生活をそれなりに楽しんでくれているようだ。
もちろん、コンスタンティノスは本来の役割である、フランス王シャルルの出生家であるハリスタル家の監視を続けているし、レーヌスラント諸侯の監視という意味でも、中流域のコンフルエンティア伯であるモレー、下流域の下ロタリンギア公であるコンスタンティノスが挟むように監視している。
二人はやがて、大勢の人々でごった返す広場にやってきた。
木組み建築の瀟洒な建物が囲む四角い広場には、たくさんのテントが並び、建物には軒先に屋根が布で張られている。その合間を人々が練り歩き、開けた場所には大道芸人がいる。
広場はおおむねサッカーコート1面半ほどの広さがあり、かつての広場より一回り広くなっていた。
これはロヴェン週末市場といい、ラウルが設置した恒常開催型の市場である。
ロタリンギアの大市は、奇数月に大々的に開催されるイベントのようなものであり、メティスを含む4都市で開催される。
一方、ラウルは恒常的に開催される市場も必要であると判断し、即位からすぐに、メティスとロヴェンで週末市場を開催するように取り決めた。
もともと、メティスはゲルマニア王都ドームヒューゲルとガリア王都ルテティアとを結ぶ東西の大街道の真ん中に位置しており、あらゆるものが集まるウェスティアの中心である。
ロヴェンは、アルドゥース高地の北側でドームヒューゲルとルテティアを結ぶもう一つの街道と、アンドウェルピアやフリジアなどの北部とレッツェやメティスなどの南部とを結ぶロタリンギア南北街道が交差する場所だ。
このほかに、レッツェで7月から9月にかけてのみ開催されるレッツェ夏季市場と、アンドウェルピア常設市場が存在する。
このような市場は、交易を活発化させ、ロタリンギアが発行する貨幣の価値を高め、経済を発展させる効果があるほか、あらゆる情報が集まることになり、こうしてコンスタンティノスやロビン、モレーなどラウル直属の者たちが情報収集を行う場でもあった。
「ペリー酒2杯頼む」
「おう!」
テントの一つで、コンスタンティノスがフードで顔を隠したまま店主にペリー酒を頼む。梨で作られたアルコール飲料だ。
水については、ラウルが煮沸によって飲むように全土にお触れを出してはいるものの、やはり抵抗感があるようで、市民はこうした酒によって水分補給を行っている。
果実水などはあるが、水は水であるため、多くの人が体を壊しているのが現状だ。
少しずつ、煮沸した方が体を壊しにくいという情報が都市部を中心に広まり始めてはいるものの、こればかりは時が経つのを待つしかない。
店主に渡した簡易グラスに注いでもらったペリー酒を、コンスタンティノスは2つとも受け取ってラウルとその場を離れる。
人込みから少し距離を置いたところでコンスタンティノスに渡されたペリー酒を口に含むと、芳醇な梨の香りが鼻腔を抜けていき、思いのほかおいしいことに驚く。
「いいな、これ」
「そうだろう。ブリタニアからこれだけの質のものが恒常的に入ってくるようになった。アンドウェルピア市場は中遠距離貿易が主だからね、国内流通はこのロヴェン市場が担っている」
「自然と棲み分けが進むもんだな。それにしても、国内向けの市場でもこの品質が出回るのか。うん、いい進展だ」
「ブリタニアと同盟してから実に3年が経過した。貿易はかなり深く行われている」
今回の訪問は現場視察だ。レッツェにいるだけでは分からないことを確認しに来たわけだが、やはり現地でしか分からないものというのがある。
ピリリとした甘さのペリー酒を飲み干しながら、心なしか楽しんでいる自分を感じていた。