chapter. 5−10


「なんであれ、ゲルマニアは東方拡大に係り切りになる。国土をほぼ倍にするようなものだからな。もしもそこからさらに拡張するとすれば…イリュリアと高モエシア王国を巡り、アヴァールと直接対決することになる。当面、ガリアもゲルマニアも西と東に釘付けだろ」

「ロタリンギア王のおっしゃる通り、ガリアとゲルマニアは当面はこちらに目を向けていません。しかし、エトルリアではその隙をつくかのように新しい動きが出てきました」

「トリナクリアの晩鐘か」


アグラヴェインはラウルの言葉に頷く。

ガリア、ゲルマニアの拡大政策は、今のところロタリンギアにもブリタニアにも直接関係するものではない。
一方、その隙に付け入るようにして、さらに新しい動きが起きていた。

エトルリア王国南部、およびその先に浮かぶ島国トリナクリア王国において、大規模な反乱が起きているのだ。
発端は、重税に苦しむトリナクリアの人々の反乱であり、それは瞬く間に対岸のエトルリア王国にも広がった。シチリアと南イタリアのことで、かつて両シチリアとも呼ばれていた地域だ。
この内戦に近い反乱は「トリナクリアの晩鐘」と呼ばれていた。ラウルが学んだ歴史で言えば、「シチリアの晩鐘」にあたるものだ。


「俺も配下に確かめさせたが、噂通り、この反乱を指揮しているのは東ラバルム帝国の僭称皇帝であり、最後までパールス帝国と戦い続けた僭称帝ルキウス。アンティオキア陥落に際して脱出し、トリナクリアに漂着したんだろう。そこから群衆をまとめあげ反乱を起こし、事実上、エトルリア半島南部とトリナクリア島を支配している」

「すっごいカリスマね!」

「ほう、一度会ってみたいものだ」


ブーディカとスカサハはさすがの豪胆さである。
正当な皇帝としては、コンスタンティノスが最後となった東ラバルム帝国。しかし、僭称即位したルキウスはアンティオキアに立てこもってシュリアに帝国を維持していた。

先日、それも敗れてアンティオキアは陥落し、名実ともに東ラバルム帝国は地図から姿を消した。

しかし、ルキウスは脱出を果たし、挙句エトルリアとトリナクリアを奪って新たな王に担ぎ上げられているという。それほどまでに民を率いるカリスマ性があるということだ。


「俺の見立てでは、秋までにエトルリアの王都カイスラは落ちる。ほぼ同じころにエトルリア王国は滅亡してルキウスがエトルリアとトリナクリアを統一するはずだ。まさに原初のラバルム帝国の再演だな」


ローマ帝国同様、ラバルム帝国もイタリアにあたるエトルリアの地で生まれた。このまま半島は統一され、ルキウスは新たな王になる。そうなったとき、間違いなく、次に狙うのはガリア・ロタリンギア・ゲルマニアの3王国だ。

ガリア、ゲルマニアとの戦争にならないよう国内改革に奔走しているラウルだが、まさかの新勢力である。しかも、ガリアとゲルマニアは一応兄弟国であり、最低限のつながりを有しているものの、ルキウス率いる新国家はまったく関係がない。
エトルリア王国の軍は弱小だが、国土は豊かで人口も多いため、底力はある。いざというときにはガリア、ゲルマニアと連合することもあり得るだろうが、その場合、戦場になるのはマリーやコルデーがいる旧ロタリンギア領の南部地域になる。

つい視線が下がったラウルに、隣のアーサーが肩をそっと撫でる。


「大丈夫だよ、ラウル」

「…、アーサー…」

「いざというときには、ブリタニアも出兵しよう」

「いや、そんな…何もしないでいれば、失うものはないはずだ」

「我々はかつて君に多くの人命を助けられたんだ。ガリア戦争の棄民たち、飢えていたカレドニアの人々、貧しかったすべてのブリタニア人たち…すべて、君の選択のおかげだ」


アーサーが一人で突っ走って参戦を決めてしまわないかと不安になり、ラウルはマーリンやアグラヴェイン、スカサハたちを見渡すが、全員異論はないようだ。


「我が王のおっしゃる通り。我らブリタニアは、ロタリンギアに大恩があります」

「ブリタニア兵も喜んで向かうだろう」

「あたしは北部の民を助けられなかった。あなたのおかげよ、ロタリンギア王」

「うむ、当然よな」


アグラヴェイン、マーリン、ブーディカ、スカサハが頷いてくれる。ラウルは嬉しい反面、やはり戦争前提というわけにはいかないと息を深く吸い込む。


「…ありがとう。恩に着る。でも、まずは戦争にならない道を探る。俺は王権も王冠もどうでもいい、けど、人の命や生活が軽んじられるくらいなら、戦争でそれが踏みにじられるくらいなら、王として踏ん張ることにする」

「君らしいね」


ふっと優しく微笑んだアーサーは、見方によっては情けない言葉であろうラウルの意思を尊重してくれる。国内だけではない、ロタリンギアの外にもこうして寄り添ってくれる人がいるのだ。
なおさら、ラウルはそうした人たちの想いが損なわれないようにしようと奮い立てる気がした。


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