chapter. 6−1
夏も盛りとなった8月、渓谷を涼しい風が吹き抜けるレッツェではなく、真夏の太陽が照り付ける穀倉地帯のど真ん中にある大都市、華のメティス市にラウルは来ていた。
旧王都メティスの宮殿は、主に大規模な国内貴族との舞踏会や外交行事、国の式典で使用されるため、それなりに使う頻度が高い。
今回は外交目的での滞在であり、メティス宮殿は大勢の使用人たちが慌ただしく動き回っていた。
後宮区画の廊下を、ラウルはロビンと並んで歩く。今は後宮の使用人も総出で出払い、ゲストを迎える客室棟の整備にあたっている。
そのため、閑散とした廊下に二人の話し声だけが響いていた。
「にしても、本当にこっちの宮殿は豪華絢爛ですねぇ。目に痛いですわ」
「そりゃ、西ラバルム帝国の帝都でもあったしな」
「俺にしちゃ、レッツェ城の無骨さが性に合うっつーか。誰かさんに『一緒にいて』なんて可愛いお願いされなきゃ、あの崖の城に引きこもってましたよ」
「嫌なら断って良かったんだぞ」
「こーんな可愛い子、放っておけるわけないっしょ〜?」
腰を抱いて耳元で囁かれる。ぞわぞわとして息が詰まり、思わずロビンのマントを掴んでしまう。
そこに、呆れたような苛立ったような声がかけられた。
「貴様、口説きにメティスまで来たのか」
「へいへい」
現れたのはカストロで、ロビンはため息をついて体を離した。カストロも正装であり、ロビンとラウルの間に割って入ると、ラウルとロビンを引き離す。
「此度のメティス滞在は特別なもの。数十年ぶりとなるガリア・ゲルマニア・ロタリンギアの三王会談だ。強引にラウルを手籠めにして王権を奪おうとするやもしれん」
「そ、そこまでは心配してねぇんだけど…?」
「お前もお前だラウル、危機感が足りんのだ」
「えぇ…」
カストロになぜか𠮟られラウルは困惑する。ロビンは苦笑しているだけで、ラウルはとりあえず、カストロの白いマントの裾を掴んだ。
「でも、カストロが守ってくれんだろ」
「ッ…、く、そうだが…っ!」
「我らがロタリンギア王には口じゃ負け戦だろ〜」
「…フン」
言葉を詰まらせたカストロにニヤニヤとしてロビンが言うと、カストロは珍しく反論しなかった。含みのある言い方だが、しょうもないやり取りのおかげで、ラウルは少しリラックスする。
「…ちょっと気がまぎれた。ありがとな」
「珍しいですねぇ、あんたが緊張とは」
「今日の列席者は年齢が近い、それでも議題が議題だ。実質2対1で国家の存亡をかけた議論をするとなれば、さすがのラウルとて緊張くらいはしよう」
そう、本日このメティス宮殿で執り行われるのは、数十年ぶりの開催となる旧西ラバルムの構成国である、ガリア王国、ゲルマニア王国、そしてロタリンギア王国の国王が集う三王会談。
ラウルの祖父が行ったとき以来であり、父王のときはもはやこの会談すらせずに国土を分割させられた。
ガリア王シャルル、ロタリンギア王ラウルのほか、ゲルマニア王国からは病に伏せる国王の代わりに、王太子が代わりにやってくることになっている。
今回、このような会談が開かれることになったのは、旧東ラバルム帝国の僭称皇帝ルキウスがエトルリア王国とトリナクリア王国を滅ぼし、半島を支配するに至ったからだ。
ルキウスは「新ラバルム帝国」の建国を宣言しており、これは明らかに、西ラバルム帝国であった3王国に対する牽制である。
そこで、新ラバルム帝国の扱いについて議論することになった。
ただ、それを目的にしたロタリンギアの分割こそが本題だろうとラウルは想定している。
僭称といえど、そのルキウスの血筋は本物の東ラバルム皇帝家のものであり、王権の正当性に問題はない。だとすると、対等な地位の帝冠を有しているのはロタリンギア王のみであることから、いち早く、ロタリンギア王の座を手にする必要があった。
つまり、ガリアとゲルマニアは、新ラバルム帝国への対応という名目で、ロタリンギア王国の併合を目論んでいるのである。