chapter. 6−7
その夜。
メティス宮殿における王の私室で寝る支度をしていると、突然、窓の外に人影が現れた。
瞬時に身構えると同時に、ラウルの目の前にロビンが現れる。恐らく、ラウルの部屋の周囲にはトラップがあり、ロビンが侵入者を感知できるようになっているのだろう。
「下がっててください」
張り詰めた表情でラウルの前に立ち、ロビンはじっと窓を見つめる。
大きな窓の外はテラスになっており、そこに人が跪いていた。どうやら敵意はなさそうだ。
「中に入れさせてくれ」
「了解」
ロビンは警戒しながら歩みを進め、窓を大きく開く。夜の涼しい風が吹き込むのと同時に、ピンク色の髪が見えた。
「何者です?」
「私はシャルル王が配下、十二勇士の一人アストルフォと申します。王の密使として馳せ参じました。突然のご無礼、お許しください」
「ガリア王の遣いか。陛下、どうします?」
「通せ」
ロビンは頷いて部屋に戻り、再びラウルの前に下がる。道が開けられたことで、アストルフォは立ち上がって室内に入ってきた。
ラウルたちから数メートルの位置で再度膝をつき、首を垂れる。
「アストルフォとか言ったな。俺の転移魔法にも近しい移動だな」
「いえ、私のそれは限定的なものですので、ロタリンギア王とは比べ物にならないような程度の代物でございます」
「…そうか。それで?ガリア王の用件は」
「二人で話がしたく、左翼棟のガリア王の私室にご足労いただくことは可能でしょうか」
ロビンがぴくりと反応する。さすがにあからさまな警戒トラップを仕掛けられない場所のため、ロビンの警戒範囲から出てしまうのだろう。
「…いいだろう。30分後にガリア王の私室に転移すると伝えてくれ」
「は、ありがたき」
アストルフォは恭しく礼をしてから、再びテラスに出ると、その場から搔き消える。どう見てもラウルに近い魔法だが、見たところ、ラグを置いて現れた移動先はすぐ眼下の別のテラスだ。あれは瞬間移動というよりは、テレポートに近い。
ロビンは窓を閉めてから、アストルフォが離れていったのを確認し、フードを被る。
「じゃ、俺は先に向かうんで」
「任せた」
ラウルが30分後と指定したのは、ロビンが魔法で姿を隠し、ガリア王に宛てがった私室のすぐ近くに移動するのを待つためだ。広大なメティス宮殿では、移動するだけで時間がかかる。
恐らく、私室の中がテラスの窓から見える、近くの屋根から見張ってくれるはず。ラウルも、その窓の死角にならない位置を維持すればいいだろう。
ロビンが姿を隠して部屋を出て行ってから、ラウルはふとどんな格好をしていくか迷う。さすがに昼間のような正装にはなれない。コットを縫うのも面倒だ。
「…いいや、シュミーズとブレーだけで」
結局、ラウルは肌着である絹のシュミーズと綿のズボンであるブレーだけで向かうにことにした。さすがに帯を腰に巻いてシュミーズのウェストを絞ってはいるが、ゆったりとした袖は緩やかに垂れ下がっている。普段はコットを上から羽織るため、袖は手首部分だけがその豊かな布を露わにするが、今は肘から先のふんわりとした部分全体が空気に揺れていた。
そうして時間が経過したのを確認し、ラウルは脳裏に左翼棟のシャルルの部屋を思い浮かべる。
それにしても、いったい何の用事だろうか。
わざわざ密使まで送って深夜に二人で話を求めるなど、よほどの機密情報をやり取りするつもりか。しかし、今更ガリアとロタリンギアでそんな裏の会話をしたところで、特に軍事的、政治的意義は感じられない。
なんにせよ、行けば分かることだ。時間通り、ラウルは転移魔法を展開した。