chapter. 6−8
目を開けるなり、ラウルはすぐに部屋を見渡す。転移先はきちんと想定通り、ロビンの矢が届く窓際だ。
広々とした貴賓室のソファーには、一人だけが座っており、ほかには誰もいない。特に魔法の気配もなかった。
シャルルはソファーから立ち上がり、ラウルを見遣るとニコリと笑った。
「呼び出して悪いな!」
「…、そういうことか」
シャルルは、サイドの髪が短くなっており、瞳の色も青く戻っている。その前にあるテーブルにはウィッグがあり、軽装になったシャルルはラウルの知る少年然りとした姿と変わらない。
「…お前、そんな形から入るヤツだったか?」
「形が大事なんだよ、俺の場合はなー。めっちゃ息苦しくて嫌だけど、まぁ、王様モードも嫌いじゃないぜ。我ながら格好いいからな!」
ラウルは一気に脱力する。それなりに緊張感をもって来たというのに、シャルルは「ガリア王」としての厳格な言動をやめ、素の彼に戻っていたのだ。
保守的な貴族が幅を利かせるガリア王国では、確かにこれくらいの演技はしていた方が良さそうだ。
ラウルはとりあえずシャルルの方に向かい、どのソファーに座るか迷う。一人掛けのものもあったが、シャルルは大きなソファーの自分の隣をバシバシと叩いていた。
「ほらこっちこっち!」
「わかったわかった…ったく、」
ため息をついて、ラウルはシャルルの左隣に腰をおろす。シャルルは機嫌良さそうに、グラスにワインを注いでラウルに渡した。
さすがにそのまま受け取るわけにいかず、どうしようかと戸惑うと、シャルルはすぐに理解した。
「あぁ、さすがに気が利かなかったな」
シャルルはそう言ってから、ラウル用に注いだグラスから一口ワインを飲む。要は毒見だ。同じものを飲んでいるということで、安全だと示してくれているのだ。
そこまでしてもらえるならと、ラウルも応じて受け取る。
香りを吸い込むと、すぐに産地が思い当たる。
「ん、これブルグンディア産か?」
「そう、よく分かったな!最近質が上がってお気に入りなんだよなー!」
「ロタリンギアからぶんどった領土のワインをロタリンギア王に飲ませるのは嫌味か?」
「あ……」
これは新手の嫌がらせかと指摘すると、シャルルは焦りを浮かべてわたわたとする。
「わ、悪い、全然考えてなかった、ほんっとごめん!悪気とかはなくて、その、ただ、」
「ただ?」
「…ただ、俺が好きなものをラウルにも知って欲しかったんだ。配慮なくてごめんな」
しゅん、としてしまったシャルルの頭に犬耳が見えた気がして、ラウルは言葉に詰まる。
昔から、屈託なく笑う快活な気持ちのいい少年だったが、それは今も変わらずのようだ。なんなら、あざとさという点では磨きがかかっている。
「…別にそんな気にしてない。俺にとってもお前にとっても、前の王の話だ」
「いや、それでもだ。俺は、かつてブリタニア戦争で助けてもらった恩義を忘れて国土を奪ったマルテル王のやり口は好きじゃねえ。ガリア戦争でも助けてくれただろ。やっぱり俺が無遠慮だったよ」
ラウルはシャルルの言葉を意外に思った。
強引にブルグンディアなどの領土を奪ったマルテル王のことは、シャルルは好きではないらしく、主義に悖るようだ。
昔から「かっこよくあること」を何よりも重視していた男だったが、そういう意味では、マルテル王は格好良くないらしい。
恩義というのは、かつて最初にブリタニアがガリアに侵攻した第一次戦争、ブリタニア戦争において、ロタリンギアが亡国の危機にあったガリアの窮地を救い、ブリタニアを押しやったことを言っている。
数百年前の話ではあるが、当時はロタリンギアも全盛期だったのだ。
先の第二次戦争にあたるガリア戦争では、もはやガリアにとってロタリンギアの援軍は必要ではなく、マルテル王はラウルの父王から領土を次々と奪っていった。
「そう言うわりに、さっきロタリンギアの分割には前向きだっただろ」
「おう。だって、新ラバルム帝国が狙うのは確実にロタリンギアだろ?ラバルムの血筋という正当性を脅威に感じるはずだからな。それなら、とっととガリアとゲルマニアの領土に組み込んで、俺があんたと結婚してしまえば、ラウルを危険から遠ざけられるだろ」
「…え、ロタリンギアを守るため?」
「ラウルを守るためだな。言っただろ、俺はロタリンギアの領土や王権には興味ねーの。とりあえずラウルと結婚したいだけなんだって」
そう言って、シャルルはそっと、ラウルの右手に自身の左手を重ねた。驚いて隣を見上げると、シャルルは真摯な目でこちらを見つめている。急に、重ねられたシャルルの無骨な手のぬくもりが熱く感じられた。