chapter. 6−10
「そんなこともあったな。すっかり忘れてた」
「ラウルにとっては当たり前のこと言っただけだったんだな。でも、俺にとってはめちゃくちゃ格好良く見えた。だってそうだろ、確かにあの場において最も理想的な統治者はフリジア辺境伯だった。見た目の装いを盛り立てるのは簡単だけど、心の装いを豊かにするのは難しいことだ。それを堂々と指摘したラウルは、ほんっとーに格好良かった!」
そんな手放しで褒められると気恥ずかしくなってくる。
すっかり忘れていたが、だからフリジア辺境伯は、レッツェ勅令の前にフリジアの開発を行って飢饉を防ごうとしたラウルに対して、全面的に協力してくれたのかもしれない。
あるいは、暴動が起きなかったのは、ラウルが即位すると分かっていたからか。
その後、このフリジア辺境伯は死去し、その子供たちは王立東フリジア開発会社と王立西フリジア開発会社にそれぞれ総督として着任しており、レッツェ勅令においてラウルに伯位を返上して協力してくれた。
だからこそ、ラウルは今、フリジア公領の全域を王権直属領とし、一部をガウェインとランスロットに叙任することができたのだ。
「…だからさ。俺はそのときに、こんなかっけー王子がいるんだって知って、そんで、もっと傍に行きてーなって思ったんだ。最初は仕えたいみたいな感情なんだと思ってたけど、こうしてガリア王になってみて…俺はラウルに結婚して人生の傍にいて欲しいんだなって気づいた」
「そ、そうなるか…?」
「なっちゃったの!」
そうはならんやろと思ったラウルだったが、むくれるシャルルに否定するのは面倒そうなのでやめておく。
ただ、一通り話を聞いたラウルは、シャルルには少しラウルの意図を話してみてもいいかもしれないと思った。
「…あのさ、シャルル。ちょっと聞いて欲しいことがあるんだ。俺がレッツェ勅令や国内改革を進めてる理由、そしてブリタニアと同盟した理由」
「っ、」
シャルルは息をのむ。真面目な話であること、さらに、ロタリンギアとブリタニアの同盟というガリアの国防に極めて大きな影響を与えている政策の目的にまで触れるとなれば、シャルルも居住まいを正した。
「……俺は、正直、王位も王冠もどうでもよくて、ロタリンギアがなくなったって構わないんだ」
「えっ」
「驚くよな。でも本当にどうでもいいんだよ。それでも俺が王をやって、挙句レッツェ勅令とか面倒な改革を続けざまにやってるのは…ただ、ロタリンギアを強くして、ガリアやゲルマニアがロタリンギアで戦争することを将来的に避けるためなんだ」
「…まぁ、確かに、ガリアとゲルマニアがウェスティアの覇権をめぐって戦争になる日が来れば、戦場になるのはロタリンギア地域だろうな」
理解の速いシャルルに頷く。ラウルは、深紅のワインが満ちるグラスに視線を向けて、拳を握った。
「…ロタリンギアが戦場になれば、多くの市民の血が流れる。生活が壊れて…子供がたくさん泣くことになる。俺は、戦争でそんなことが起こるのは嫌だった。それなら、王にでもなって、この国で戦争が起こらないようにするしかない。そのためには、国土を強靭化して、容易にガリアやゲルマニアがロタリンギアを跨ぐことがないようにしないといけなかった」
「なるほどな、ロタリンギアの国力の増強…単なる兵力だけでなく継戦能力全体を底上げし、かつ、経済的にガリアやゲルマニアに影響力を持つことで、戦争をためらわせるってことか」
「…さすがだな。そう、改良三圃式の導入やフリジアの開発は単純な国力強化のため。アンドウェルピアの発展は、ガリアやゲルマニアにとって、ロタリンギアが損なわれてはならない土地にするためだ」
「すげーな、確かに経済的に依存する相手に戦争しようと思わねぇし、そこを戦場にしようとも思わねぇ。抑止力として効果的だ」
そこまですぐに思い至るシャルルは、見た目こそ変装が必要であっても、中身は十分、王たる素質を持っている。