chapter. 1−3


ラウルが赤子としてこの世界に転生したとき、最初に抱いた感想は「なんだこのヨーロッパの王宮みたいな場所は」というものだったが、事実、ここは欧州文明に極めて近似しており、ラウルは王家の唯一の子にして王子であった。

正確には、古代から12世紀ごろまでの欧州がキメラ合体したような形、それがこの世界を形容するに適切な評価だろう。



まず地形だが、これはラウルの知る欧州とまったく同じだ。ユーラシア大陸から西に突き出た巨大な半島と、英国・アイルランドを構成する島々、北欧のユトランド半島とスカンジナビア半島、南欧のイタリア半島、イベリア半島、バルカン半島など、現代欧州とまったく同じ形をしていた。
しかしその名称はまったく異なっていた。

というより、呼び方もまた、古代から中世中頃までの呼び方が混在しているのだ。

たとえば、イタリアはエトルリアと呼ばれているが、これはローマ帝国ができる前の古代のイタリアを意味する。
一方で、ラウルが王子として生まれたこの国はロタリンギア、かつて中世初期にオランダからベルギー、ルクセンブルク、フランス・ドイツ国境地帯、スイスにかけて支配する形で存在した国だ。

他にも、先ほど陥落したとカストロが教えてくれたアンティオキアはトルコ・シリア国境にある古代都市であり、アンティオキアの前の東ラバルム帝国の帝都だったミクラガルズはイスタンブールの古ノルド語名称である。

ただ、幸いなことに、地名などの名詞こそ様々な言語が入り乱れているものの、基本的な文法などの言語そのものは「ラバルム語」として周辺世界一帯で統一されている。
旧ラバルム帝国の版図になかった地域の民族も、交易のためにラバルム語を国際公用語として使用しているらしい。

なんであれ、このように時代も言語もバラバラの欧州の国が、その歴史すらごちゃごちゃになりながら合体している、それがこの世界の有様だ。

さて、そこまでラウルが理解した頃には、なかなか自分が危ない立場にあることが理解できた。
そもそもロタリンギアという名前の国自体、嫌な予感しかしない。

元の世界においてロタリンギアは、フランク王国という大きな西欧の国家が三分割される際に、長男が豊かな地域を得るために強引に国境線を引いたため、国土の中央にアルプス山脈を擁するという頭の痛い国家の名である。そして実際、この世界においても、ロタリンギア初代国王ルータール1世が強引に継承した結果として、国土は南北に分断されることになった。

アルプスにあたる険しい山々をこの世界ではアルムと呼ぶ。ロタリンギア王国は、アルム山脈によって国土を南北に隔たる形となり、早々に詰んでいたようである。

ではフランク王国にあたる国として前身の国が存在していたかと言うと、実はそうではない。

遥か古代、この辺り一帯はラバルム帝国という、ローマ帝国にあたる巨大国家が存在した。
地中海のことを、元の世界におけるラテン語名称であるノストルム海と呼ぶこの世界では、このノストルム海を取り囲む巨大帝国としてラバルム帝国が君臨していた。
ラバルム帝国ができる前には、もっと古い古代文明が存在し、その文明があったのがグラエキア、ギリシャにあたる場所だ。

カストロとポルクスはこのグラエキアの出身であるため、ギリシャ人にあたる人種ということになる。

ラバルム帝国はやがて国土を維持できなくなり崩壊し、東西に分裂。ここまでは元の世界と同じだ。
このあと元の世界では、ゲルマン人の大移動というゲルマン人の侵入を受け西ローマ帝国は滅亡、やがてゲルマン人の中からフランク族が大きな国家を築いてフランク王国となる。
しかし西ラバルム帝国は、その後ゲルマン移動にあたる民族の大移動を耐え切り存続。この西ラバルム帝国が三分割されることで、ロタリンギア王国が成立している。
要は、フランク王国と西ローマ帝国が同一のものとして存在していたということだ。

また、東ラバルム帝国は、東ローマ帝国と同じように長らく続いたが、つい先日滅びた。これは元の世界でビザンツ帝国が滅びるより遥かに速いタイミングである。
東ラバルム帝国を滅ぼしたのは、イランにあたるパールス帝国という東方の異民族国家であるが、なんとこの国は古代からずっと続いているという。元の世界で言えば、アケメネス朝ペルシア帝国がビザンツ帝国を滅ぼしたということだ。オスマン帝国にあたる国家も、イスラームにあたる宗教も存在していない。

なぜこのような歴史の相違点があるのか。
その答えこそが「魔法」だろう。この魔法がある限り、たとえ文明レベルが中世であろうとも、歴史は単調になるようだ。

この魔法というのは、フィクションや空想で語られるところとほぼ同じ代物だが、条件がある。
まず一つ、魔法は王族か貴族しか使えない。
二つ、魔法は一人につき一種類しか使えない。

平民たちは魔法とは無縁の生活を送っているし、炎を出せる者が水を出すことはできない。

ラウルの見立てでは、戦争に参加できる階級=貴族、貴族の中の最有力一族が王族になる、という人類の歩みは同じだ。しかし、魔法という力は圧倒的であり、魔法を得た者だけが戦争で功績を上げるようになり、やがて魔法を使える階級が貴族に固定され、王家の魔法が最も強いものとなったのだろう。
こうして、王家が物理的に最も強い存在となったことで、概して中央集権の程度は深化しており、国家が連綿と続くようになった。それによって、古い国も長らく継承されている。

これが、キメラ化している最大の要因だ。魔法によって、元の世界であれば滅びたであろう国家が、今も続いている。あるいは、続くはずだった国が滅ぼされてしまった。それがパッチワークのように見えているのだと考えられる。


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