chapter. 1−4
では、このロタリンギア王国はどのような状況か。
本来なら、早々に東西の兄弟国に分割される運命にある。
しかし、ここでも魔法が重要だった。
ラバルム帝国はこの地域全域を支配した巨大国家だったわけだが、これを統治した皇帝の一族は極めて強い魔法を持っていた。皇帝によって使える魔法は異なったが、いずれも桁外れに強く、これが帝国繁栄の元となっている。
やがて帝国が東西に分裂すると、皇帝一族も東西に分かれた。
帝都のあったラティウム、ローマの旧名だが、この街の名前を冠した上で、東西それぞれの都の名前を取り入れた。
そのため、東ラバルム帝国の皇帝はラティウム=ミクラガルズ家と名乗り、西ラバルム帝国の皇帝はラティウム=トレヴェリス家を名乗った。
ミクラガルズはイスタンブールの古ノルド語名称であり、トレヴェリスはトリーアのラテン語名称である。
そしてラウルは、この西ラバルム帝国の皇帝一族の血を引いている。
西ラバルム帝国が国家を維持できなくなり、三分割されるとき、中央部を西ラバルム帝国の最後の皇帝でありロタリンギア最初の王であるルータール1世が継承したが、東西はそれぞれ、分家筋であり東西における主要地域を支配していた一族に与えた。
東のドイツやオーストリアにあたる地域は、フランコニア大公の座にあったアウストラージエン家が継承し、西のフランスやスペインにあたる地域は、ルテティア伯だったネストリー家が継承した。
フランコニアは元の世界ではフランクフルトなどがあったドイツ西部の地域であり、ルテティアはパリの旧称だ。
そしてアウストラージエン家の支配する東部地域をゲルマニア王国、ネストリー家の支配する西部地域をガリア王国という。
ゲルマニアは、現在の王である野心的なルートヴィヒ6世の治世下で、4年前にチェコや旧ユーゴスラビアにあたる地域を領土とすることで、国土を倍近くに拡張した。
一方ガリアは、元の世界でフランスとイギリスがそうであったように、400年に渡り争ってきたブリタニアを先代王マルテルが破り、同じく4年前に勝利。奪われていた領土をすべて回収している。
このように成長著しい東西の王国に対してロタリンギアは、これは元の世界の歴史通りだが、アルム山脈より南の経営が難しくなっていた。
その隙をついて、ガリア王マルテルはロタリンギアから、プロウィンキア、ブルグンディア、サウォギア、ロンバルディアの4つの公国を割譲させて併合した。これらはフランス南東部からイタリア北部にあたる地域であり、この世界でも極めて豊かな場所だった。
さらにアルム山脈を擁するアレマニア公国もゲルマニアに奪われることになり、もはや山脈より北側の僅かな緩衝地帯のようにしてロタリンギアは残されているだけとなっている。
この東西両国によるロタリンギアの分割は、すべて父王ルータール8世のときに行われており、父王はこうした出来事によって病に倒れ、3年前に崩御した。
その結果、ラウルは僅か13歳でロタリンギア王に即位したのである。
名目上とはいえ、ロタリンギア王家はラバルム帝国の血を引く家柄であり、この地域における宗主国のような位置づけだ。
さらに、この世界には宗教が存在していないため、ロタリンギア王家は元の世界でローマ教皇にあたる思想的な権威も持っている。これも恐らく魔法という超自然的な現象が、自然への畏怖を陳腐化し、絶対的な神性を想起する余白を人類に与えなかったことが理由だとラウルは考えている。
宗教がないからこそ倫理観が体系化されず、ラバルム帝国は近代法なみに法を整えて倫理を補った。
また、教会組織がないため土地に縛られにくく、人口が流動的になり、それがラバルム語という統一言語を実現し、各地の方言が影響し合って地名がめちゃくちゃになっている現状をもたらしたのだろう。
そうした背景から、最も強力な魔法を使う皇帝の血筋というものは、この世界において最も神秘的に考えられることになり、学者によっては魔法そのものが皇帝の祖先から発生したとする者すらいるため、ロタリンギア王には宗教的権威にも似た性質が付随するようになった。
その当代ロタリンギア王が13歳の少年、しかもその父は両隣に国土を半分以上奪われているともなれば、ラウルに対する周囲の目というのもお察しである。
子供には分からないだろうと高を括っているようだったが、ラウルの中身の年齢はこのときすでに34歳だ。
ただし、この世界での幼少期は脳のキャパシティの問題もあってろくな人生経験など有していないため、正直なところ20代を出ていない感覚である。人間的な成長があって初めて、年齢相応の成長をするということだ。