chapter. 7−2


国家の安全保障政策というものは、歴史的に様々な方策がとられてきた。

とりわけ多国間のものでは、大きく分けると2つ存在する。
1つは集団安全保障、これは現代国際社会の基礎となっているものであり、最も大きな組織としては国連、より実務的な組織としては北大西洋条約機構(NATO)などが挙げられる。

もう1つは勢力均衡といって、国家と国家、あるいは国家集団と国家集団とで勢力を釣り合わせ、バランスを取って抑止力とする方法だ。

19世紀は基本的に勢力均衡が是とされており、フランス、ドイツ、イギリスの列強諸国がお互いに国力や軍事力を均衡させていた。
しかし、ある一か国が軍備を増強すれば、均衡を保つためにほかの国も追随しなければならなくなる。これによって際限なく軍拡が進み、その結果、第一次世界大戦が勃発した。

世界大戦の反省から、世界は国連を組織して、一か国あたりの軍事力ではなく国家の数で安全を担保することを試みた。
冷戦中は東西陣営に分かれ、もしソ連が西側の国に侵攻すれば、すべての西側の国がソ連に応戦するという形で、常に集団が反撃してくる状態を維持する。こうすれば、一か国あたりの軍事力の増強は必要なくなる。

ただし、集団安全保障にも弱点がある。それは、この集団というのが極めて強固な結びつきを前提とするため、文化、言語、思想、政治体制などで共通項が多くないと成立しないという点だ。
NATOですら、加盟国であるトルコとその他の欧州諸国との間で断絶があり、統一行動が取れない事態も多くあった。


勢力均衡か集団安全保障か、このどちらを選択するかは、実は古代から繰り返されてきた歴史的な政治史でもある。

たとえば、古代ギリシアのポリス連合や、中世初期の欧州国家が参加したドラゴン騎士団は集団安全保障の原始的な形態である。
勢力均衡は、17世紀に起きた初めての近代的国際紛争である三十年戦争以降、いつ隣国が攻めてくるか分からないという恐怖から、各国が疑心暗鬼を募らせて軍拡に励んだ時期が18世紀後半の七年戦争まで続いた中で、自然と各国が持ち合わせていた共通認識だった。七年戦争は世界初の世界大戦とも呼ばれる。
その後、ナポレオン戦争によって「常備軍」の概念が成立し、一気に軍隊が大規模化したことで、19世紀からは明確に勢力均衡がとられるようになった。ウィーン体制で成立した神聖同盟や四国同盟がそれにあたる。


さて、現在のロタリンギアの状況はどうかというと、明確な同盟関係にあるのはブリタニア王国だけである。ブリタニア王国はポルトガルにあたるルシタニア王国と同盟しているため、事実上、そこもロタリンギアとの同盟にあると言っていい。

ガリアとゲルマニアは、共通の価値観を持つ兄弟国だが、実際には仮想敵国に近い。ロタリンギアがいつ分割されるか分からないのだ。

そんな中でエトルリアを支配した新ラバルム帝国は、シャルルが言っていた通り、恐らく同じラバルムの血筋であるロタリンギアに何らかのアクションを起こすだろう。
ラウルを廃位してラバルムの血筋をルキウスだけにするか、あるいは併合して従わせるか。何であれ、野心的な目標をもってやってくることは間違いない。

もし新ラバルム帝国がウェスティア世界に乗り込んでくれば、ガリアとゲルマニアは徒党を組んでこれを放逐しにかかるし、その際にロタリンギアも分割していくだろう。民衆の理解をより得られるようにしないと、ロンバルディア公とサウォギア公のように、新ラバルム帝国を選ぶ諸侯が出てきてもおかしくないからだ。

一方、ガリアかゲルマニアが新ラバルム帝国に侵攻するならば、同じようにロタリンギアに武力で威圧をかけてくる可能性も否定できなくなってくる。
シャルルは恐らくそうすることはないだろうが、国内の保守派貴族は極めて勢力が大きく、ルテティアの王室と同等の力を握っている状態だ。最悪、ガリアが内戦に陥ることになる。

もっと危ないのはゲルマニアだ。シグルドが結婚したイーセンラントのブリュンヒルデ女王は、その島嶼領土がブリタニアとノルディアとを遮る場所にあり、どちらとも緊張状態に陥っている。
ブリタニアをこの際倒してしまおうということになれば、ブリタニアを攻撃する名目のもと、同盟相手のロタリンギアをも攻撃するという理論が成立する。


つまるところ、現在のロタリンギアとブリタニアの同盟だけではまだ弱い。もっとロタリンギアに侵攻すればただでは済まないという状態にしなければ。
また、新ラバルム帝国も御しておかないと不安定化を加速させる。ただでさえ、北方のノルディアは全方面に喧嘩を売っているのだ。これ以上の不確定要素を残したままにするのは、非常に危険な状態だった。

とはいえ、ブリタニアのときのようにいきなり新ラバルム帝国に乗り込むわけにもいかない。まずは、より盤石な手を打つ必要がある。

そこでラウルは、最初の目的地を東方の蛮族の国、アヴァール国に設定した。


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