chapter. 7−8


長い歴史の中で、ロタリンギアとポルスカ=ルテニアは一定の距離間ながらも常に友好国であり続け、特にカドックの家柄であるシレジア家はかつてロタリンギアがポルスカに与えたことでポルスカ大公にまで上り詰めている。
かなり密な関係があると言っていい。

そして現在、ルテニア大公国は北端の領土イングリアをノルディアに奪われており、アヴァール国にも領土を奪われたまま。すぐそこまでパールス帝国も迫っており、話すべきことは多くあるはずだった。
それにも関わらず、カドックもアナスタシアも、そうした話題は薄くしか述べず、主に交易・通商関係の話に終始していた。なんなら、アナスタシアは雑談しか振ってこなかった。

その夜、宛てがわれた貴賓室に入ると、カストロとポルクスもさすがに怪訝にする。


「…いったいなぜ表面的な話に終始したのだ?」

「あぁ…まぁ、気づくよな」


正装のマントなどをカストロが外してくれながら尋ねてきたため、ラウルは部屋を見渡す。
特に問題はなさそうだが、念のため、ラウルは二人に手招きして顔を近づけさせる。双子の綺麗な顔が至近距離になったところで、小声で話す。


「この部屋、遠隔盗聴の類の術式あるか」


通常、王侯貴族が使用する魔法は本人の魔力かつ本人の影響範囲内で使用される。
一方、限定的なものではあるが、魔法を本人から切り離し単独で存在させる術が存在しており、それを別に魔術と呼ぶこともある。魔法を独立させる術式に魔力を転嫁することで起動するものだ。
マーリンのような宮廷魔術師などが行うものであり、極めて高度な技であるため、めったにお目にかかれるものではない。制約も多く、とてもじゃないがインフラ的な利用は不可能である上に、戦争でもほぼ使い道がないのが実情だ。

とはいえ、盗聴や盗撮のようなちょっとしたことでは効力を発揮する。

ポルクスは素早く部屋に目を走らせ、光魔法によって術式のスクリーニングを行う。


「…いえ、ありません。あくまでこの部屋だけですが…」

「ありがとう」


通常の声のトーンに戻してラウルは息をつく。さすがにずっと気を張っているのは面倒だった。


「恐らく、別の部屋にはあるな。特に、会談で使っていた部屋。カドックもアナスタシアも、魔術や使用人をかなり疑ってた」


二人が表面的な話に終始したのは恐らくわざとだ。アナスタシアはともかく、カドックは国際情勢や国境を取り巻く厳しい環境に鈍感なタイプではない。むしろ率先して話そうとするはず。
それなのに込み入った話に入ろうとしないのは、何かを警戒していたからか。


「俺ならロタリンギア王の部屋にも仕込むが…なぜこの部屋にはない?」

「ロタリンギア王を取るに足らない存在だと思ってるからだろ。盗聴する価値がないと判断したんじゃねぇかな。ま、それはむしろ好都合だ。多分、そろそろ…」


もう頃合いだろうと思った矢先、部屋の扉がノックされる。瞬時にポルクスとカストロは迎撃態勢になり、ポルクスが扉に近づいた。


「どなたです」

「俺だ。アナスタシアもいる」

「開けてくれ」

「はい」


ポルクスは扉をそっと開く。すぐに、カドックとアナスタシアが入ってきた。二人とも、ローブを被って隠れるような身のこなしだ。


「来ると思った」

「やっぱりな、ロタリンギア王。あなたなら気づいていると思ってたよ。急で悪いが、場所を変えたい。転移してくれるか」


カドックはこちらが意図に気づいていることを理解し、安心したようにする。
場所を変える、というのは恐らく、この城の外だ。


「構わない。どこにする?」

「ヴァルソヴィアのマゾヴィア伯居城で頼む」

「分かった」


ヴァルソヴィア市はラウルの世界でワルシャワにあたる都市であり、中世にはマゾヴィアと呼ばれる公国の首都でもあった。現在、マゾフシェ県に名前を変えている。
ラウルはカストロ、ポルクス、そしてカドックとアナスタシアも伴って、クラクスの貴賓室から、ヴァルソヴィアの後宮区画へと転移した。


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