chapter. 7−9
午前1時を過ぎた夜中であるにも関わらず、ヴァルソヴィアの城はすべての廊下に明かりが灯されている。さすがに窓の外に広がる市街地にはほとんど明かりがなかったが、オスティア随一の大都市だけあって遠くまで市街地が広がっている。
ヴァルソヴィアはオスティア最大の都市であり、オスティア地域における交通の要衝である。
古来より、「西のメティス、東のヴァルソヴィア」と呼ばれるほど貿易の中心としての性格が強く、東は遠く辺境のメリゴーやルテニアの首都クィィヴと、北はエステル海の港湾都市ゲダニア、トワングステ、リンガと、南はクラクスからカルプ山脈を超えてアクィンクムからアドゥール海やミクラガルズ方面につながる。そして西はずっと進めばメティスやアンドウェルピアに到達する大街道が伸びている。
また、エステル海沿岸で最大都市であるゲダニアからは、ウィストゥラ川によって船運も可能であり、さらにウィストゥラ川を上るとクラクスに至る。
なお、ゲダニアはグダニスクのことであり、ウィストゥラ川はヴィスワ川を指す。
そんな大都市ではあるものの、ヴァルソヴィアはマゾヴィア伯領の首都であるだけで、王侯の暮らす街ではない。一応、マゾヴィア伯の地位はカドックが兼任しているはずだが、ポルスカ大公として、カドックは通常クラクスにいる。
「この城はよく使うのか?」
「いや。ご想像通り、僕はクラクスにいるからこの城は滅多に使わない。だからこそ、ヤツの目も届かない」
「私が暮らしているクィィヴも同様です。摂政大公陛下の目は、両大公首都と私たち自身には向けられていますが、ほかの都市や、寝静まった時間には閉じられている」
「…なるほどな。理解した。落ち着ける場所に行くか」
「この先の突き当りに居室がある。そこに行こう」
うすうす勘づいてはいたが、やはり、カドックとアナスタシアが警戒している相手は摂政大公であり事実上の連合王国の王であるイヴァン王のようだ。
イヴァンはクラクスとクィィヴに息のかかった使用人を多数派遣しているほか、二人の寝室などにも監視の術式をつけている。
しかし、こうして夜中の寝静まった時間、それも都ではない都市の空白の城であれば、その目も及ばないというわけだ。
全員で廊下の先にあるマゾヴィア伯の居室に向かう。誰も住んでいない城だけあって、最低限の清掃などはされている様子だが、使用人はほとんどいないのだろう。
あまりに静かなため足音をなるべく消して移動して、そっと部屋に入ったところで、ようやく息をつく。まったく、王ともあろう者がなぜこんなことを、とさすがのラウルでも思ってしまう。
ラウルがそう思ったほどだ、モンペと化したカストロは額に青筋を立てる。
「…黙っていれば、ロタリンギア王に対して如何なる仕打ちか。古きポルスカの大公とてこの狼藉、許されることではないぞ」
「それは素直に謝る。迷惑かけて悪いな。ただ…そちらも、何か話があってのことだろう?お互いに必要な過程だったと思うが」
「カストロ、大丈夫だ、ありがとう。後々もっと面倒になりそうだしな、こればかりは仕方ない」
カストロはラウルの言葉でようやく落ち着き、鼻を鳴らして扉のところへ向かった。部屋に近づく者がいないか警戒するためだろう。
とりあえず、ラウルとカドック、アナスタシアは居室のシッティングスペースに置かれたソファーに向かい合うようにして座る。誰もいない部屋だ、当然、ワインなどが置かれているわけでもない。
しかし、なぜかアナスタシアは懐からボトルを取り出した。
「安心して、ワインは持ってきています」
「…ワイン持ってあの忍び歩きはなかなかやるな」
「でしょう?この技巧は役に立つわ」
「いたずらの、だろう…」
呆れたようにしつつ、カドックはアナスタシアに渡された銀製のグラスにワインを注いでもらう。
ラウルも渡され、ようやく最低限の形は整った。