chapter. 7−10


テーブルに置かれた燭台にだけ明かりが灯され、窓からの月明りと合わせてたった2つの光源だけに照らされた薄暗い部屋。
ヴァルソヴィアの城だけあって豪奢な部屋ではあり、光源からの光を金銀の装飾が反射し、互いの顔ははっきり見えている。

ポルクスは壁に身を隠しながら窓を、カストロは扉をそれぞれ見張っている状態であり、3人だけでの密談となる。
思えば、この部屋はまだ10代の人間しかいないというのに、国家の、ひいてはウェスティアとオスティアの行方を左右するような話が始まるのだ。いくら平均寿命が40代ほど、魔力によって長寿になる王侯貴族すら50代から60代の世界と言えど、10代はまだ若すぎる。

しかし、年齢など関係ない。なんであれ、ここにいる3人には、それができるのだから。


「そうだな、まずはお前らがイヴァンをそれほどまでに遠ざける理由から聞かせてくれ。俺の話は内容によっては毒になるかもしれない」

「分かった。一応、あんたの方が立場は上だしな」

「一応ではないぞポルスカ大公」


カドックはラウルの言葉に素直に応じたが、カストロにぴしゃりと口を挟まれ呆れたようにする。


「…、おい、あいつお前のこと好きすぎじゃないか」

「あー…まぁ、俺にとってもカストロとポルクスは宮廷にできた初めての味方なんだ。口は悪いけど、俺に危害加えなければ無害だから気にしないでくれ」

「…ま、そこは僕には関係ない。どうでもいいさ。さて、本題だが…」


そうして、ようやくカドックはポルスカ=ルテニア連合王国の実情について話し始めた。

今から8年前の1268年、メンスク合同条約によってポルスカ王国とルテニア王国は連合王国を形成することになり、両国はそれぞれ大公位のもとに統治されることになった。
ポルスカ大公とルテニア大公の立場を統括する立場として、摂政大公イヴァンが即位し、事実上の連合王国の国王となっている。


「そもそもイヴァンが摂政大公になったのは、俺たちが幼かったからだ。俺が9歳、アナスタシアは8歳でとても大公位になれる立場じゃなかったし、かといってお互い、父親は病の淵にあった」

「私たちは、互いの父親が少しずつイヴァン陛下に毒を盛られていたと考えています。証拠はありませんが…なんであれ、1268年に私たちの父は崩御。同時に、それぞれの議会が合同条約に調印し、幼い私たち大公位継承者を保護監督する立場として、メリゴー公だったイヴァン陛下が摂政大公の座に選挙で選ばれました」


ポルスカ王国とルテニア王国は、絶対王政だが議会がある。王権の方がいくらか強いものの、王は必ず議会からの選挙での選出がなければ即位することができない。選挙といっても立候補者がいるわけではなく、世襲する継承権第一位の者を王として認める、というような、「信任」のための選挙である。かつて、ポルスカ王国とルテニア王国が各国を併合することができたのは、それぞれの国の議会がポルスカ王・ルテニア王を選挙で選んだからだ。

史実で言えば、神聖ローマ帝国の形態にも近いが、実際にポーランド=リトアニア連合王国(共和国)も同じような議会を持っていた。もともと、スラヴ民族は会議体での議決を重視する文明を持っていたためだ。


「恐らく、イヴァンはポルスカとルテニアの完全な統一を望んでいない」

「…望んでいない?」


カドックの言葉に、ラウルは怪訝になる。てっきり、王権を強化して大国として君臨するのかと思っていた。


「私たちルテニー人は、大きく分けて3つの部族系統があります。古都ホルムガルド周辺にいた北ルテニー人、クィィヴ周辺の南ルテニー人、そしてメリゴー周辺の東ルテニー人です。ルテニア大公領内において、メリゴーは比較的新しい都市であり、かつ東方の辺境に位置するので、一言で言えばド田舎なのです」



ラウルの世界では、ホルムガルドはノヴゴロド、クィィヴはキエフ、メリゴーはモスクワのそれぞれ古い呼び方だ。ポルスク人が暮らすポルスカ大公領とルテニー人が暮らすルテニア大公領とで大きく連合王国は分けられるわけだが、その中でも東ルテニー人のいるメリゴー公領は寒村ばかりで貧しい地域である。


「イヴァン陛下は今でもメリゴー公を兼任してる。あいつの目的はメリゴー公領の発展と、国土の拡大。ポルスカ大公領やホルムガルド公領は緩衝地帯、いざというときに戦場とするつもりだろう」

「待て、ってことは、イヴァン王はゲルマニアに侵攻するつもりなのか」

「パールス帝国と結んで、ゲルマニアに侵攻する心づもりだな。ボイオハイム公国、パンノニア公国、そしてダキア公国はそれぞれポルスク人や東方民族の方が血筋としては近しい民族だ。そういった異民族領域を獲得しつつ、アヴァール国にも攻め込むことで、一気に西方へ拡大し、名実ともにオスティア全域を支配する」


ゲルマニアはボイオハイム、パンノニア、ダキアをここ数年で併合しており、これらの地域は本来オスティアにあたる。イヴァンはこれをウェスティアの国であるゲルマニアから取り返して獲得するつもりなのだという。


「ダキアはパールス帝国と相談するかもしれないが、パールス帝国はゲルマニアより南のルメリア半島全域、そしてダルマティア公国を狙っている可能性が高い」

「パールス帝国は確かにそうだろうが…まさか、そこにポルスカ=ルテニア連合王国が乗るとは…いや、それはまずいな。ていうか、パールス帝国がイステル川で止まるか?そのままパンノニア平原からボイオハイムまで占領しそうだろ」

「僕もそうなる可能性の方が高いと思ってる。むしろ、アヴァール国を連合王国が支配した場合、アヴァール国まで攻め落とされ、そのままイステル川・ダーニステル川河口域を通過してルテニア大平原まで突っ込んでくるかもだ」

「私もそう考えています。そうなれば、ドゥネプル川流域からポルスカ大平原まで国土を蹂躙されてしまうでしょう」


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