chapter. 7−11


ドナウ川にあたるイステル川を越えてしまえば、その先はカルプ山脈の西側に広がるパンノニアの平原がボイオハイムまで続く。ボイオハイム西部の山岳地帯によってゲルマニア本土まで至ることはないだろうが、連合王国が狙う平野部はパールス帝国の方が有利だ。
さらに、マンドリカルド率いる騎馬遊牧民の大軍勢がいるアヴァール国が連合王国のものとなれば、騎馬遊牧民たちはアヴァールを捨てて東方に帰るかもしれないし、連合王国の指揮系統には入らないかもしれない。いずれにせよ、アヴァール国を維持できなければ、パールス帝国はイステル川、そしてドニエストル川にあたるダーニステル川の河口地帯を素通りできてしまうだろう。

その先には、だだっ広い大平原がルテニア・ポルスカに跨っている。その平原はドニエプル川の古い発音であるドゥネプル川が南北に貫いており、ルテニアの都クィィヴもドゥネプル川沿いに位置する。


「…なるほどな、お前らの懸念は理解した。それで、最終目標は…イヴァン王を玉座から引きずり下ろし、連合王国の統一を深化させ、周辺国に一丸となって立ち向かえるようにすること、で合ってるか」

「その通りだ。連合王国の体制そのものは合理的だからな。圧力をかけてくる東方のカザール国、攻撃を続けてイングリアを奪ったノルディア、そしてかつてロタリンギア王に割譲させられたシレジアを取り返そうとしているゲルマニア。アヴァール国にはいまだにオデソス伯領を占領されたまま。ポルスカとルテニアが各個撃破されるのは避けたい」

「それなら、俺がここに来た甲斐があった」


一通り話を聞いて、この国が抱えている深刻な問題を理解した。周辺国に圧力をかけられ続ける大平原の国は、常に攻め込まれる可能性があり、敵が連合王国の領土に踏み込むのはあまりに容易だ。
本来なら統一して軍隊も一つとし、足場を固めておかねばならないところ、メリゴー公領の発展とオスティアの統一を目論むイヴァン王は国家の統一よりも周辺国への侵攻を優先している。このままでは、むしろその侵攻に際して別の勢力の国内への侵攻を招きかねない。

大きくなった大公二人が警戒されているのは、こうして仲が良く、いつか徒党を組んで反旗を翻されることを恐れているからなのかもしれない。


「俺は今、ロタリンギアがガリアとゲルマニアに分割されることを防ぐため、そしてロタリンギアを戦場とするような大戦争が起きないようにするために画策してるところだ。端的に言えば、外交関係によって両国をけん制するつもりでいる」

「同盟相手を増やすってことか」


さすが、カドックはすぐに理解した。アナスタシアもきちんと理解はしているようだ。クラクスでのお転婆な態度はイヴァンの油断を誘うためかとも思ったが、先ほどのワインの件もある、あれ自体は素かもしれない。


「そう。今のロタリンギアの同盟相手はブリタニアと、ブリタニアの同盟相手であるルシタニアとバエティア。この前、トミスに殴り込んでマンドリカルド王とも話してきて、正式にアヴァール国を王国として承認する予定だ」

「マンドリカルド王とお会いになったのね!どんな人だったのでしょう?やはり山賊か何かのようだったのかしら」

「男前だったんじゃないか。腕っぷしも強そうだったし。ちなみに、オデソス伯領のルテニアへの返還を打診して了承を得ている」

「なっ、」

「まぁ!」


アヴァール国では、すでに連合王国への手土産としてオデソスの返還を承認されている。マンドリカルドの戴冠式に合わせて返還可能だ。
カドックもアナスタシアもひどく驚いていた。ここはやはり、瞬間移動という魔法ならではの成果だろう。普通の外交プロセスではできないことだ。

アナスタシアは顔を輝かせて、胸に手を当てる。


「さすがロタリンギア王ね。改革の数々、クィィヴまで噂は及んでいました。オデソスは、もう一つの港町ケルソネソスよりも大型の船を停泊させることができ、ドゥネプル川の氾濫でよく洪水に遭うケルソネソスと比べて土地も安定しています。重要度で言えば、ノルディアに奪われたイングリアよりもずっと上です」


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